ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

プロパゲーター及び経路積分と遷移振幅

前述の問題3-2で「振幅 $K(b,a)$ はシュレディンガー方程式を満たす特殊な波動関数と見做すことが出来る」ことを確認した.これはどう言う事なのだろうか?. J.J.Sakurai :「現代の量子力学」の § 2.5 は「プロパゲーターとファインマン経路積分」となっており, ファインマン経路積分 $K(b,a)$ が量子力学の「プロパゲーター」に相当することを述べている.そこで J.J.Sakurai の記述から, ファインマン経路積分 $K(b,a)$ はなぜシュレディンガー方程式を満たすのかを考えてみる.


時間的発展とシュレディンガー方程式

量子力学では, 時間は単なるパラメータであり演算子ではない.系の状態を記述する状態ケットが時間と共にどう変化して行くかは, 時間発展演算子 $\mathscr{U}(t,t_0)$ によって表わすことが出来る.すなわち初期の状態ケットを $|\alpha, t_0\rangle$ としたとき, 後の時刻 $t$ での系の状態ケットは次で表される: $ \def\ket#1{|#1\rangle} \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} $

\begin{equation} \ket{\alpha, t}=\mathscr{U}(t,t_0)\ket{\alpha, t_0} \tag{1} \end{equation}

ただし, 無限小の時間発展的演算子 $\mathscr{U}(t+dt, t)$ と, ハミルトニアン $H$ に時間依存性が無い場合の $\mathscr{U}(t,t_0)$ は次である:

\begin{equation} \mathscr{U}(t+dt, t)=1-\frac{i H dt}{\hbar},\quad \mathscr{U}(t,t_0)=\exp\left[ -\frac{i H\cdot(t-t_0)}{\hbar} \right] \tag{2} \end{equation}

このユニタリー演算子である $\mathscr{U}$ に対してシュレディンガー方程式が成り立つ:

\begin{equation} i\hbar\pdiff{t}\mathscr{U}(t,t_0)=H\,\mathscr{U}(t,t_0) \tag{3} \end{equation}

時間発展に関する全てが, この最も基本的な方程式から導ける.

波動力学でのプロパゲーター

系の始状態の波動関数を $\psi(\mb{x}',t_0)$ とするとき, のちの時刻 $t$ に於ける波動関数 $\psi(\mb{x}^{''},t)$ は次のように書き表すことが出来る:

\begin{equation} \psi(\mb{x}^{''},t)=\int d^{3}\mb{x}^{'}\,K(\mb{x}^{''},t ; \mb{x}',t_0)\,\psi(\mb{x}', t_0) \tag{4} \end{equation}

このときの積分核 $K$ は「プロパゲーター」と呼ばれる.どのような問題であってもプロパゲーターはポテンシャルにのみ依存し, 始状態の波動関数 $\psi(\mb{x}', t_0)$ には依らない.

始状態の $\psi(\mb{x}',t_0)$ が与えられているとき, その後の系の波動関数の時間発展はプロパゲーター $K$ が分かれば完全に予知できることは明らかだ.この意味でシュレディンガー波動力学は, 完全に因果律に叶う理論である.あるポテンシャルの下での波動関数の時間発展は, 系が乱されずにいる限り古典力学での場合と同じように「決定論」である.もし何か特異な面があるとすれば測定が邪魔をするときで, 波動関数は測定される観測量のある一つの固有状態に突然変化し, この変化を制御することは出来ない.

プロパゲーターは次のように書くことも出来る:

\begin{align} K(\mb{x}^{''},t; \mb{x}^{'},t_0)&=\BK{\mb{x}^{''},t\,}{\,\mb{x}^{'},t_0}\notag\\ &=\bra{\mb{x}^{''}}\mathscr{U}(t,t_0)\ket{\mb{x}^{'}}=\bigg\langle\mb{x}^{''}\Bigg| \exp\left\{\frac{-iH(t-t_0)}{\hbar}\right\}\Bigg|\mb{x}^{'}\bigg\rangle\notag\\ &=\BK{\mb{x}^{''}}{\psi(t)}=\psi(\mb{x}^{''},t) \tag{5} \end{align}

この式から,『プロパゲーター $K$ は, 以前のある時刻 $t_0$ に正確に $\mb{x}^{'}$ に局在していた粒子の時刻 $t$ での波動関数を与える』と言える.もし初めの波動関数が空間の有限領域に拡がっているようなより一般的な場合には, 式(4)のようにすれば良い.

基底ケットと遷移振幅

系の状態を表現する任意のケットベクトルが, あるケットベクトル集合要素の線形結合で表すことが出来るとき, その集合を「基礎ケット」(basic kets)または「基底ケット」と呼ぶ.(これは線形代数の「基底ベクトル」に相当する.「基礎ベクトル」ではない.両者の違いは線形代数の教科書を参照のこと).

力学変数 $A$ はケット $\ket{a}$ に作用する線形演算子と見做すことが出来るが, その際に $A\ket{a}=a\ket{a}$ が成り立つとき, ケット $\ket{a}$ は $A$ の「固有ケット」と呼び, $a$ を「固有値」と言う.基底ケットを用いると, 演算子は正方行列で表すことが出来る.従って式(5)より, 「プロパゲーター $K$ は, 位置固有ケット $\ket{\mb{x}}$ を基礎ケットとした場合の時間発展演算子 $\mathscr{U}(t,t_0)$ の行列要素である」とも言えよう:

\begin{equation} K(\mb{x}^{''},t; \mb{x}^{'},t_0)=\mathscr{U}_{\mb{x}^{''},\,\mb{x}^{'}}=\bra{\mb{x}^{''}}\mathscr{U}(t,t_0)\ket{\mb{x}^{'}} \tag{6} \end{equation}

ディラックは線形演算子の行列要素を「代表」(representavie)と呼んでいるが, 演算子 $\alpha$ が連続した固有値を持つ場合, $\alpha$ の代表 $\bra{\xi^{''}}\alpha\ket{\xi^{'}}$ は連続的に変化する2つの変数$\xi^{'},\,\xi^{''}$ の関数となる.『行列と言う言葉を一般化した意味に用いて, このような関数のことも「行列」と呼ぶと便利である』とディラックは述べている.式(6)の場合も, その「一般化した行列要素」である.

ある物理系が $t=0$ で 観測量 $A$ の固有値 $a'$ の固有状態にあったとき, その後の時刻 $t$ で, 系が観測量 $B$ の固有値 $b'$ の固有状態にある場合の確率振幅を考えるとき, これを特に「遷移振幅」と呼ぶ.ただし, $A$ と $B$ とは同じでもよい.基底ケットとして観測量 $A$ の固有ケット $\ket{a'}$ 及び観測量 $B$ の固有ケット $\ket{b'}$ を考えるならば, 状態 $\ket{a'}$ から状態 $\ket{b'}$ へ移行する遷移振幅は $\bra{b'}\mathscr{U}(t,0)\ket{a'}$ と書ける.また, 式(5) または式 (6) から,『プロパゲーター $K$ は, 以前のある時刻 $t_0$ に正確に 位置 $\mb{x}'$ に局在していた粒子が, 後の時刻 $t$ で位置 $\mb{x}^{''}$ に移行する「遷移振幅」または「波動関数」である』と言える.

そして, もし初めの波動関数が空間の有限領域に拡がっているような, より一般的な場合の遷移振幅は, ファインマンの§ 7-1 の本文に書かれた定義となる.すなわち,『初期時刻 $t_a$ の波動関数を$\psi(\mb{x}_a, t_a)$ としたとき, 後の時刻 $t_b$ で系が状態 $\chi(x_b,t_b)$ に移行する確率振幅, すなわち「遷移振幅」』は次式で与えられる:

\begin{align} \BraKet{\chi}{1}{\psi}&=\int dx_b\, \chi^{*}(x_b,t_b)\psi(x_b,t_b)\notag\\ &=\int dx_b\, \chi^{*}(x_b,t_b)\int dx_a\,K(b,a)\,\psi(x_a,t_a)\notag\\ &=\int dx_b\int dx_a\, \chi^{*}(x_b,t_b)\,K(b,a)\,\psi(x_a,t_a) \tag{7} \end{align}
ファインマン経路積分

空間が1次元の場合で議論して行く.遷移振幅の「合成の性質」を利用すると次が言える:

\begin{align} \BK{x_N,t_N}{x_1,t_1}&=\int dx_{N-1}\int dx_{N-2}\dotsb\int dx_2\,\BK{x_N,t_N}{x_{N-1},t_{N-1}}\notag\\ &\qquad\times \BK{x_{N-1},t_{N-1}}{x_{N-2},t_{N-2}}\dotsb\BK{x_2,t_2}{x_1,t_1} \tag{8} \end{align}

ただし出発点 $(x_1,t_1)$ と終点 $(x_N,t_N)$ は固定してあるので, このとき時空平面内で固定した両端の間の全ての可能な経路の和を取らなければならないことに注意する.

古典力学の場合, 「粒子の実際の運動に対応するのはただ一つの経路が存在するだけ」で, その経路はハミルトンの原理によれば「作用量を最小にする経路」である.しかし量子力学では, 上述のように「全ての可能な経路が関係する!」のである.

ファインマンが見出したのは以下のことである:

微小区間での遷移振幅は $\Delta t\to0$ で次となる:

\begin{equation} \BK{x_n,t_n}{x_{n-1},t_{n-1}}=\sqrt{\frac{m}{2\pi i\hbar\Delta t}}\,\exp\left\{\frac{iS(n,n-1)}{\hbar}\right\} \tag{9} \end{equation}

従って有限な場合の遷移振幅は, 古典力学ラグランジアンを $L_{\text{cl}}$ として次のように表せる:

\begin{align} K(\mb{x}^{''},t; \mb{x}^{'},t_0)&=\BK{x_n,t_n\,}{\,x_1,t_1}\notag\\ &=\lim_{N\to\infty}\left(\frac{m}{2\pi i\hbar \Delta t}\right)^{(N-1)/2}\int dx_{N-1}\int dx_{N-2}\dotsb \int dx_{2}\,\prod_{n=2}^{N}\,\exp\left\{\frac{iS(n,n-1)}{\hbar}\right\}\notag\\ &\equiv \int_{x_1}^{x_N} \mathscr{D}x(t)\,\exp\left[\frac{i}{\hbar}\int_{t_1}^{t_N}dt\,L_{\text{cl}}(x,\dot{x})\right] \tag{10} \end{align}

このファインマンの表式による遷移振幅が, 上述のプロパゲーター $K$ に一致すること, そして終点 $(x_N,t_N)$ を変数としたシュレディンガー方程式を満たすことが証明される.


以上述べたことから, 問題3-2中の式 (3.18) は「時間発展演算子 $\mathscr{U}$ に対するシュレディンガー方程式を位置ケットで挟んだもの」と見做すことが出来よう:

\begin{align} &i\hbar\pdiff{t}\mathscr{U}(t,t_0)=H\,\mathscr{U}(t,t_0),\notag\\ \rightarrow&\quad i\hbar\pdiff{t}\bra{\mb{x}^{''}} \mathscr{U}(t,t_0)\ket{\mb{x}^{'}}=\bra{\mb{x}^{''}}H\,\mathscr{U}(t,t_0)\ket{\mb{x}^{'}} =H\,\bra{\mb{x}^{''}}\mathscr{U}(t,t_0)\ket{\mb{x}^{'}}\notag\\ \rightarrow&\quad i\hbar\pdiff{t}K(b,a)=H\,K(b,a) \tag{10} \end{align}

従って, 前問3-2 で確認した「振幅 $K(b,a)$ がシュレディンガー方程式を満たす」と言うのは, 結局は「時間発展演算子 $\mathscr{U}(t,t_0)$ がシュレディンガー方程式を満たすことに由来することだ」と言えるであろう.