ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

位相空間での経路積分

問題3-10の解答を書く準備として, もう一つ記事を書いておく.それは経路積分のより一般的な「位相空間に於ける経路積分」の表現についてである.ファインマンの本文の§ 2-4 の式(2.25)は, 「配位空間に於ける経路積分」の表現と言える: $ \def\ket#1{|#1\rangle} \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\KB#1#2{|#1\rangle\langle#2|} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} $

\begin{equation} K(b,a)=\int_a^{b} \mathscr{D}q(t)\,\exp\left\{\frac{i}{\hbar}\int_{t_a}^{t_b}dt\,\mathcal{L}(\dot{q},q)\right\} \tag{1} \end{equation}

それに対して, より一般的な「位相空間に於ける経路積分」の表現は次となる:

\begin{equation} K(b,a)=\int_a^{b}\mathscr{D}p(t)\int_a^{b}\mathscr{D}q(t)\,\exp\left\{\frac{i}{\hbar}\int_{t_a}^{t_b}dt\,\mathcal{L}(p,q)\right\} \tag{2} \end{equation}

そこで、M.S.Swanson:「Path Integrals and Quantum Processes」の§ 2.2 から必要な部分を抜粋してまとめることで「位相空間に於ける経路積分」の導出過程を示しておこう.


経路積分導出の最初のステップは, ハイゼンベルグ描像の演算子 $Q(t)$ と $P(t)$ に対する「ある瞬間の」(instantaneous) 固有状態 $\ket{q,t}$ と$\ket{p,t}$ を構築することである.これは次で定義される:

\begin{equation} \ket{q,t}=e^{i H t/\hbar}\ket{q},\quad \ket{p,t}=e^{i H t/\hbar}\ket{p} \tag{3} \end{equation}

これらはシュレディンガー描像の状態ではないことに注意すべきである.しかしながら, これらの状態は「完全」(complete)である.なぜなら, 次が言えるからである:

\begin{equation} \int_{-\infty}^{\infty} d q\,\ket{q,t} \bra{q,t}=\exp\left(i H t/\hbar\right)\left(\int_{-\infty}^{\infty}d q\,\KB{q}{q}\right) \exp\left(-i H t/\hbar\right)=1 \tag{4} \end{equation}

状態 $\ket{q,t}$ は次式が成り立つという意味で, ハイゼンベルグ描像の演算子 $Q(t)$ の固有状態である:

\begin{equation} Q(t)\ket{q,t}=q\ket{q,t} \tag{5} \end{equation}

これらの状態は, シュレディンガー描像の状態 $\ket{\psi,t}$ に対して次式が言えるという重要な特性も持っている:

\begin{equation} \BK{q,-t}{\psi,t}=\BK{q}{\psi}=\psi(q) \tag{6} \end{equation}

ある瞬間の運動量の固有状態に対しても, この2表現と同様な式が成り立つ.

これらの状態はシュレディンガー描像状態間の遷移要素についての経路積分形を導出するのに利用することが出来る.関心の的である $Z$ は異なる時刻に於ける瞬間の固有状態の内積として定義される:

\begin{equation} Z(q_a,t_a; q_b,t_b)=\BK{q_b,t\_b}{q_a,t_a} \tag{7} \end{equation}

ただし $t_b>t_a$ と仮定する.$Z$ の形を知ることが出来ると, シュレディンガー描像での遷移振幅 $Z(\psi,\phi)=\BK{\psi,t_b}{\phi,t_a}$ のより一般的な形を計算することが可能となる.なぜなら, シュレディンガー描像状態間の遷移要素は次で与えられるからである:

\begin{align} \BK{\psi,t_b}{\phi,t_a}&=\bra{\psi,t_{b}}\left( \int_{-\infty}^{\infty} d q_{b}\KB{q_{b},t_{b}}{q_{b},t_{b}} \int_{-\infty}^{\infty} d q_{a}\,\KB{q_a,t_a}{q_a,t_a}\right) \ket{\phi,-t_{a}}\notag\\ &=\int_{-\infty}^{\infty} d q_{b} \int_{-\infty}^{\infty} d q_{a}\,\BK{\psi,t_{b}}{q_{b},t_{b}}\BK{q_{b},t_{b}}{q_{a},t_{a}} \BK{q_{a},t_{a}}{\phi,-t_{a}}\notag\\ &=\int_{-\infty}^{\infty} d q_{b} \int_{-\infty}^{\infty} d q_{a}\,\psi^{*}(q_{b}) Z(q_{a},t_{a},q_{b},t_{b})\phi(q_{a}) \tag{8} \end{align}

ただし特性の式(4)と式(6)を用いた.系の始状態と終状態が $\psi(q)$と$\phi(q)$ についての規格化された形によって特定されたならば, 系は時間に於いて関数 $Z$ を通して $\psi$ から $\phi$ へと伝搬する.この理由から, 遷移要素の式(7)は, ときどき「プロパゲーター」と呼ばれる.なぜなら, それは系の時間発展について全ての情報を含んでいるからである.

時間間隔 $t_b-t_a$ は, まず継続時間が $\varepsilon=(t_b-t_a)/N$ の $N$ 個の無限小ステップに分割される.ただし, 極限 $N\to\infty$ は以下の全体の中に於いて理解される? (the limit is understood in everything that follows).次に, $N-1$ 個の中間的な瞬間の固有状態 $\ket{q}$ の完全集合が順次, 各々の時間 $t_n=t_a+n\varepsilon$ で遷移要素に挿入される.すると次となる:

\begin{equation} Z(q_{a},t_{a} ; q_{b},t_{b})=\int_{-\infty}^{\infty} d q_{1} \dotsb d q_{N-1}\,\BK{q_{b},t_{b}}{q_{N-1},t_{N-1}} \bra{q_{N-1},t_{N-1}}\dotsb \ket{q_{1},t_{1}}\BK{q_{1},t_{1}}{q_{a},t_{a}} \tag{9} \end{equation}

この結果, 全ての遷移要素は $N$ 個の遷移要素の積となる.それらはその継続差がゼロに近づくと言う意味で無限小である.無限小の遷移要素の各々は今や分析が可能である.2個の状態間の時間差は $\varepsilon$ であるから, 定義式(3)から $j$ 番目の要素が次で与えられることが分かる:

\begin{equation} \BK{q_{j+1},t_{j+1}}{q_j,t_j}=\bra{q_{j+1}}e^{-i\varepsilon H(P,Q)/\hbar}\ket{q_j} \tag{10} \end{equation}

議論をさらに進めるために, ある取り決め(convention)を選ぶ必要がある.それは全ての無限小要素を整合性を保ちながら削減する (use consistently to reduce) のに用いられる.指数関数化されたハミルトニアンの行列要素を見積もるために, 指数関数は冪級数に展開されるべきである.展開した後で, 全ての $P$ 演算子は左側へそして全ての $Q$ 演算子は右側へ移動させる.より良い名称が欲しいならば, これを「座標順序化」(coordinate ordering) と呼ぶことにしよう.$P$ たちと $Q$ たちの積の座標順序化の最終結果は, 全ての $P$ 演算子は表式の左側に置かれ, 全ての $Q$ 演算子は表式の右側に置かれるであろう.座標順序化は $C\{\dotsb\}$ の記号で表わそう.従って, 例えば次のようになる:

\begin{equation} C\{PQP^{3}\}=P^{3}Q \tag{11} \end{equation}

明らかに, 反対の取り決めを選択することも可能である.そして異なる座標順序化の存在が, 結果としての経路積分にある曖昧さを誘発させる可能性があると考えるのは当然のことである.今の座標順序化の利点は, $P$ と $Q$ の任意関数, それを $f(Q,P)$ と記す, の行列要素が次となることである:

\begin{equation} \bra{p}C\{f(Q,P)\}\ket{q}=f(q,p)\BK{p}{q} \tag{12} \end{equation}

従って, 演算子を座標順序化した関数は, その行列要素を取ることで $c$-数 (古典的数値) となることが出来る (may be reduced to) のである.式(12)となることを示すには, $c$-数の関数 $f$ の冪級数表現を用い, そして座標順序化が $Q$ と $P$ 間の交換関係の存在を抑制する(suppress) ことに注意すればよい.

式(10)を評価するための次のステップは, 次式が成り立つことに気づく(認める)ことである:

\begin{equation} e^{-i\varepsilon H(P,Q)/\hbar}=C\{e^{-i\varepsilon H(P,Q)/\hbar}\}+\mathcal{O}(\varepsilon^{2}) \tag{13} \end{equation}

非常に単純だが物理的には意味のない形である $H=aP+bQ$ についての証明は, 「Baker-Campbell-Hausdorffの定理」を用いるので教育的に有益である.演算子に対するこの定理は, 次の行列の形と同じである:「2つの行列 $A$ と行列 $B$ の交換子を $C=[A,B]$ とし, この $C$ が $A$ とも $B$ とも可換すなわち $[C,A]=[C,B]=0$ ならば, 次式が成り立つ:

\begin{equation} \exp(A+B)=\exp(A)\exp(B)\exp\left(-\frac{1}{2}C\right) \tag{14} \end{equation}

この定理を利用すると次が示せる:

\begin{equation} e^{-i\varepsilon(aP+bQ)/\hbar}=e^{-i\varepsilon aP/\hbar}e^{-i\varepsilon bQ/\hbar} e^{i\varepsilon^{2}ab/2\hbar} \tag{15} \end{equation}

従って, 演算子の交換関係

\begin{equation} [Q_j,P_k] \equiv Q_jP_k-P_kQ_j=i\hbar \delta_{j\,k} \tag{16} \end{equation}

の影響は $\mathcal{O}(\varepsilon^{2})$ であるから, その効果のために極限 $\varepsilon\to0$ では( 式(13)で $\mathcal{O}(\varepsilon^{2})$ を無視することは) 不適切である.交換子は量子論的効果すなわち「量子論的補正 」(quantum corrections) を提示するので, このことは, 「無限小時間間隔の場合, 系の時間発展は圧倒的に古典力学に支配される」という直感的な考えを証明するものである.「式(13)中の $\mathcal{O}(\varepsilon^{2})$ の項は無視してよい」ことを証明するこの結論の一般化は「Trotter 積の公式」を利用することで達成することが出来る.もし $A$ と $B$ が任意の2つの有界演算子? (bounded operators) であるならば, Trotter 積の公式は次を与える:

\begin{equation} \exp\left[t(A+B)\right]=\lim_{n\to\infty}\left[\exp\left(\frac{t}{n}A\right) \exp\left(\frac{t}{n}B\right)\right]^{n} \tag{17} \end{equation}

これらの結果は, $\varepsilon\approx 0$ の場合, 無限小の遷移要素(10)が次となることを証明する(show):

\begin{align} &\bra{q_{j+1}}e^{-i\varepsilon H(P,Q)/\hbar}\ket{q_j} =\int_{-\infty}^{\infty} dp_j\,\BK{q_{j+1}}{p_j}\bra{p_j}e^{-i\varepsilon H(P,Q)/\hbar} \ket{q_j}\notag\\ &\approx \int_{-\infty}^{\infty} dp_j\,e^{-i\varepsilon H(P,Q)/\hbar}\BK{q_{j+1}}{p_j}\BK{p_j}{q_j} \tag{18} \end{align}

この無限小要素は,

\begin{equation} \BK{q}{p}=\frac{1}{(2\pi\hbar)^{n/2}}\exp\left(\frac{i}{\hbar}p\cdot q\right) \tag{19} \end{equation}

を利用すると, さらに簡単化できて次となる:

\begin{equation} \BK{q_{j+1}}{p_j}\BK{p_j}{q_j}=\frac{1}{2\pi\hbar}e^{ip_j(q_{j+1}-q_j)/\hbar} \tag{20} \end{equation}

$q_j$ は時間 $t_j$ での状態に付随する座標値であるという事実を利用すると, 次の「型通り」の等価式が許されることが示される:

\begin{equation} \lim_{\varepsilon\to 0}\frac{(q_{j+1}-q_{j})}{\varepsilon}=\frac{d q_{j}}{d t} \equiv \dot{q}_{j} \tag{21} \end{equation}

この等価式を利用すると, 無限小の行列要素は次に書ける:

\begin{align} &\BK{q_{j+1},t_{j+1}}{q_j,t_j}\approx \int_{-\infty}^{\infty}\frac{dp_j}{2\pi\hbar}\,\exp\left\{-\frac{i}{\hbar}\varepsilon \left[ p_j\dot{q}_j H(p_j,p_j)\right]\right\}\notag\\ &=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{dp_j}{2\pi\hbar}\,\exp\left[\frac{i}{\hbar} \varepsilon\,\mathcal{L}(p_j,q_j)\right] \tag{22} \end{align}

ただし, $\mathcal{L}(p_j,q_j)$ は古典力学的な系のラグランジアン密度である:

\begin{equation*} \mathcal{L}(p_j,q_j)=p_j\,\dot{q}_j-H(p_j,q_j) \end{equation*}

有限な遷移要素 $Z$ は最終的に, $N$ 個の無限小遷移要素の積として書くことが出来て次となる:

\begin{equation} \BK{q_{q},t_{b}}{q_{a},t_{a}}=\int_{-\infty}^{\infty}\frac{d p_{0}}{2\pi\hbar}\dotsb\frac{d p_{N-1}}{2\pi\hbar} d q_{1} \dotsb d q_{N-1}\exp\left[\frac{i}{\hbar}\sum_{j=0}^{N-1}\varepsilon\,\mathcal{L} (p_{j},q_{j})\right] \tag{23} \end{equation}

ただし上式では等価式 $q_0=q_a$ そして $q_N=q_b$ が言えることを暗黙の了解としている.また上式の指数部分はリーマン和の形をしており, 次の等価式を可能としている:

\begin{equation} \lim_{\varepsilon\to0}\sum_{j=0}^{N}\varepsilon\,\mathcal{L}(p_j,q_j)=\int_{t_a}^{t_b}dt\,\mathcal{L}(p,q)=S[p(t),q(t),t_a,t_b] \tag{24} \end{equation}

従って, 古典的作用が量子力学的な遷移要素に出現したことになる.式(23)に出現した「経路積分測度」は形式的に次のように書かれる:

\begin{equation} \lim_{N\to\infty} \frac{d p_{0}}{2\pi\hbar}\dotsb\frac{d p_{N-1}}{2\pi\hbar} d q_{1}\dotsb d q_{N-1} \equiv \mathcal{D}p\mathcal{D}q \tag{25} \end{equation}

式(25)の形は作用の指数と一緒にすると, 厳密に言えば, 確率測度で要求される数学的基準を満たさない (technically does not meet the mathematical criteria required for a probability measure).しかしながら, 以降ではそれを「経路積分測度」と呼ぶことにする.

すると, 最終的な遷移要素の形は次で与えられることになる:

\begin{equation} \BK{q_b,t_b}{q_a,t_a}=\int_{q_a}^{q_b}\mathcal{D}p\, \mathcal{D}q\,\exp\left\{\frac{i}{\hbar}\int_{t_a}^{t_b}dt\,\mathcal{L}(p,q)\right\} \tag{26} \end{equation}

ただし $q$ 積分 $\displaystyle{\int_{q_a}^{q_b}\mathcal{D}q}$ で端点が表示されているのは, 読者が $q_0$ と $q_N$ は $q_a$ と $q_b$ に一致することを忘れないようにするためである.表式(26)は経路積分形式のプロパゲーターの基本形である.式(26)に出現する測度の範囲は, 粒子が $q_a$ から $q_b$ まで伝搬する時に取り得るすべての「位相空間」に及ぶ (range over the entire phase space).