ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

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Dirac の $\delta$ 関数

問題 4-6 の準備として Dirac の $\delta$ 関数について書いておこう.Dirac の $\delta$ 関数は, 1930 年に Paul Dirac が書いて大きな影響を与えた本:「量子力学」の中で, Dirac が離散的な「クロネッカーのデルタ」の連続的な場合の類似物を利用する際のその便利な表記法として導入したものらしい.詳しいことは次のWikipendia の記事を参照してほしい:

Dirac delta function - Wikipedia

そこで以下に P.A.M. Dirac : The Principles of Quantum Mechanics (Fourth edition) の § 15 からの抜粋を示すことにする.

15. The $\delta$ function

$ \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} $ § 10 における議論 (work) から, 我々はある種の無限大を含む量を考えなければならない.それらの無限大を扱う正確な表記を得るため, パラメータ $x$ に依存し次の条件を満足する量 $\delta(x)$ を導入する:

\begin{equation} \left. \begin{aligned} \int_{-\infty}^{\infty} \delta(x) \ \ dx &= 1 \\ \delta(x) &= 0 \quad \text{for} \quad x \neq 0 \end{aligned} \qquad\qquad \right\} \tag{2} \end{equation}

$\delta(x)$ のイメージを得るために, 実変数 $x$ の関数で, 原点 $x=0$ を取り囲む小領域 ( 例えば, 長さが $\varepsilon$ の区間 ) 以外では,すべての場所でゼロであるような関数を考える. そしてこの関数は, その小領域中では非常に大きな値をとるために, その定義域全体にわたる積分は $1$ になるとする.この定義域内部の関数の正確な形は問題ではない.ただし, 不必要に乱暴な (wild) 変動は存在しないとする ( 例えば, その関数は常にオーダーが $\varepsilon^{-1}$ であるものとする).すると極限 $\varepsilon \to 0$ でこの関数は $\delta(x)$ に近づく (go over into) であろう.

$\delta(x)$ は普通の数学的定義に従う $x$ の関数, すなわちその定義域の各点で決まった値をとることが要求されるような関数ではなく, もっと一般的なものである.それは, 普通に定義された関数との違いを明示するために「広義の関数 (improper function)」と呼べるかもしれない.従って $\delta(x)$ は, 通常の関数のように数学的な分析に一般的に用いることが出来るような量ではなくて, 矛盾が生じ得ないことが明らかであるようなある簡単なタイプの表示にその使用は限定されなければならない.

$\delta(x)$ の最も重要な特性を表しているよい例 (exemplify)は, 次の方程式である:

\begin{equation} \int_{-\infty}^{\infty} f(x) \delta(x) \ dx = f(0) \tag{3} \end{equation}

ここで $f(x)$ は $x$ の任意の連続関数 (continuous function) である.この方程式が妥当であることは, 上述の $\delta(x)$ のイメージから容易に理解できる.式 (3) の左辺は, 原点に非常に近い$f(x)$の値に依存するだけだ (can only).従って$f(x)$は, 本質的な誤差なしに原点における値$f(0)$に置き換えることが出来る.従って, 式(3)は式(2)の最初の式から得られる (follow from):

\begin{equation*} \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\delta(x)\ dx =\int_{-\infty}^{\infty}f(0)\delta(x)\ dx =f(0)\int_{-\infty}^{\infty}\delta(x)\ dx=f(0). \end{equation*}

式(3)で原点を$x=a$に変えると, 次の公式を導出できる (deduce):

\begin{equation} \int_{-\infty}^{\infty} f(x) \delta(x-a) \ dx = f(a) \tag{4} \end{equation}

ここで $a$ は任意の実数である.従って, 次が言える:

$x$ の関数 $f(x)$ に $\delta(x-a)$ を掛けてから $x$ の全領域にわたって積分する操作は, 関数 $f(x)$ の引数 $x$ に $a$ を代入する操作と等価である」.

この一般的な結論は $x$ の関数が数値的なものでなくて, $x$ に依存するベクトルまたは線形演算子であってもやはり成り立つものである.

式 (3) と式(4) の積分範囲は $-\infty$ から $\infty$ である必要はなくて, $\delta$ 関数がゼロとならない決定的に重要な点を取り囲む任意の領域を覆っていればよい.今後, 通常はそのような方程式において積分範囲を省略するが, その場合積分領域は適切なものであると考える.

式 (3) と式 (4) は,「広義の関数自身が性質の良い (well-defined) 値を持たなくても, それが積分の要素として現れる場合には, その積分は性質の良い値を持つ」ことを示している.量子論において広義の関数が出現するときはいつでも, その広義の関数は最終的に非積分関数として用いられるものである.従って, その理論を「広義の関数がすべて非積分関数の中でのみ出現する形式」に書き換えることが可能なはずである.すると広義の関数は完全に排除できる (eliminate altogether) ことになる.従って広義の関数の使用は, その理論の厳密性を何ら損なうものではなくて (involve any lack of rigour), ただ簡潔な形に表現してくれる便利な表記であるにすぎないのである.もし必要ならば, それは広義の関数を含まない形に書き直すことが出来るであろう.しかしそれは, 議論を不明瞭にする扱いにくい方法になるだけである.

$\delta$ 関数を定義する別の方法は, 次式で与えられるステップ関数 $\varepsilon(x)$ の微分係数 $\varepsilon^{'}(x)$ として定義するものである:

\begin{equation} \delta(x)\equiv \odiff{x}\varepsilon(x)\ ,\quad \varepsilon(x) = \begin{cases} 0 & x < 0 \\ 1 & x > 0 \end{cases} \tag{5} \end{equation}

これが前の定義と等価であることは式 (3) の左辺の $\delta(x)$ の代わりに $\varepsilon^{'}(x)$ を代入し部分積分することで立証できる.( この関数 $\varepsilon(x)$ は「ヘヴィサイド関数」(Heaviside step function)とも呼ばれている ). 2つの正数 $g_{1}$ と $g_{2}$ に対して, 次式は式 (3) と一致することが分かるからである:

\begin{align*} &\int_{-g_{2}}^{g_{1}} f(x)\varepsilon^{'}(x)\, dx = \Bigl[ f(x)\varepsilon(x) \Bigr]_{-g_{2}}^{g_{1}} - \int_{-g_{2}}^{g_{1}} f^{'}(x)\varepsilon(x) dx \\ &\qquad = f(g_{1}) - \int_{-g_{2}}^{g_{1}} f^{'}(x)\varepsilon(x) dx,\quad\because\quad\varepsilon(-g_2)=0,\ \varepsilon(g_{1})=1\\ &\qquad = f(g_{1}) - \int_{0}^{g_{1}} f^{'}(x) dx, \quad\leftarrow\ \text{from (5)}\\ &\qquad = f(g_{1}) - \Bigl[ f(x) \Bigr]_{0}^{g_{1}}= f(g_{1})-\{ f(g_{1})- f(0) \} = f(0)\\ &\quad\therefore\qquad \varepsilon^{'}(x)=\delta(x) \end{align*}

この $\delta$ 関数は不連続な関数を微分するときにいつも現れるものである.

$\delta$ 関数について書き下すことのできる基本的な方程式は多く存在している.それらの方程式は $\delta$ 関数を含む代数的な作業をする場合に絶対必要な操作規則である.これらのどの方程式も, その意味しているのは「その両辺が被積分関数中での要素としては等価な結果を与える」ということである.そのような方程式の例は次のようなものである:

\begin{align} \delta(-x) &= \delta(x) \tag{6}\\ x\,\delta(x) &= 0 \tag{7}\\ \delta(ax) &= \frac{1}{a}\delta(x),\qquad (a >0) \tag{8}\\ \delta(x^{2}-a^{2}) &=\frac{1}{2a}\{\delta(x-a)+\delta(x+a)\},\qquad (a>0) \tag{9}\\ \int \delta(a-x)\,dx\ \delta(x-b) &= \delta(a-b) \tag{10}\\ f(x)\delta(x-a) &= f(a)\,\delta(x-a) \tag{11} \end{align}

方程式 (6) は単に $\delta(x)$ がその変数 $x$ の偶関数であることを言っているのであるが, これは自明である (trivial).方程式 (7) を証明するには $x$ の任意の関数 $f(x)$ を考える.すると方程式 (3) から次となる:

\begin{equation*} \int f(x)\, x\, \delta(x)\ dx = 0 \end{equation*}

従って被積分関数中の要素としての $x \delta(x)$ はゼロに等価であると言うことを方程式 (7) は意味しているに過ぎない.方程式 (8) と式 (9) は同様に初等的な議論によって証明出来るであろう.

方程式 (10) を証明するには $a$ の任意の関数 $f(a)$ を考える.すると

\begin{align*} \int f(a) \ da \ \int \delta(a-x) \ \delta(x-b)\ dx &= \int dx \ \delta(x-b)\int f(a)\ \delta(a-x)\ da\\ &\ \downarrow\ \text{from}\ (4)\\ &= \int\ dx\ \delta(x-b)\ f(x)\\ &\ \downarrow\ (\ x\to a\ )\\ &= \int f(a)\ da \ \delta(a-b) \end{align*}

従って, 積分変数 $a$ の積分での被積分関数要素としては, 式 (10) の左右両辺は等価であると言える.同様にしてその両辺が積分変数が $b$ である積分被積分関数中の要素としても等価であることを示すことが出来る.従って式 (10) はこれら2つの何方の見方も正当なものである.方程式 (11) もまた方程式 (4) の助けを借りると, やはり容易に $x$ の観点および $a$ の観点からという2つの見方が許される.

方程式 (10) は, $f(x)=\delta(x-b)$ とした式 (4) を適用しても与えられたであろう.このことから,「広義の関数をあたかも通常の連続関数であるかのように使用しても大抵は間違った結果を得ることはない」という事例 を得たことになる. (We have an illustration of the fact that we may often use an improper function as though it were an ordinary continuous function, without getting a wrong result.)

$\delta$ 関数の性質についての方程式 (7):$x\,\delta(x)=0$ は,「ゼロと成り得る変数 $x$ で方程式の両辺を割るときには, いつでも一方の辺に任意倍した $\delta(x)$ を付加する必要がある」ことを示している.例えば, 次の方程式

\begin{equation} A = B \tag{12} \end{equation}

からは「$ A/x = B/x $」ではなくて, 次式が結論できるだけである(can only infer):

\begin{equation} \frac{A}{x} = \frac{B}{x} + c\ \delta(x) \tag{13} \end{equation}

ただし $c$ は未知量である.

$\delta$ 関数を用いた作業の実例 (illustration) として,$\log x$ の微分を考えることができる.通常の公式

\begin{equation} \frac{d}{dx}\log x = \frac{1}{x} \tag{14} \end{equation}

は,$x=0$ 近傍での吟味が必要である. 逆関数 $1/x$ を「$x=0$ の近傍で ( 広義の関数という意味で ) 性質の良いものとする (well defined) 」ためには, それに余分な条件, 例えば「それの $-\varepsilon$ から $\varepsilon$ までの積分がゼロとなる」を課す必要がある.そうすれば $-\varepsilon$ から $\varepsilon$ までの積分がゼロとなるからである.しかしこの余分な条件があると方程式 (14) の右辺の積分はゼロとなるけれども, その左辺の積分は, 次のように $\log(-1)$ となってしまう:

\begin{equation*} \int_{-\varepsilon}^{\varepsilon} \frac{d}{dx} \log x \ dx = \Bigl[ \log x \Bigr]_{-\varepsilon}^{\varepsilon} = \log(\varepsilon) - \log(-\varepsilon) = \log\left( \frac{\varepsilon}{-\varepsilon}\right) = \log(-1) \end{equation*}

従って, 式 (14) は正しい方程式とは言えない!.これを正すためには, 「主値」 (principal values) を考えたときに $x$ が負の場合 $\log x$ が純虚数の項 $i \pi$ を持つことを思い出さねばならない.$x$ が値ゼロを通過するとき, この純虚数項は不連続的にゼロとなる.すると次が言える:

\begin{equation*} \delta(x)\equiv \odiff{x}\varepsilon(x),\qquad \varepsilon(x) = \begin{cases} 0 & x < 0 \\1 & x > 0 \end{cases} \ \rightarrow\ \theta(x)=i\pi\varepsilon(-x) \end{equation*}

従って,

\begin{equation*} \odiff{x}\theta(x)=i\pi\odiff{x}\varepsilon(-x)=-i\pi\odiff{(-x)}\varepsilon(-x) =-i\pi\delta(-x)=-i\pi\delta(x) \end{equation*}

従って,

\begin{equation*} \odiff{x}\{\log x + \theta(x)\}=\odiff{x}\log x +\odiff{x}\theta(x) =\odiff{x}\log x -i\pi\delta(x) \end{equation*}

以上から, 式(14) は次のように解釈すべきである (shoud read) :

\begin{equation} \frac{d}{dx}\log x = \frac{1}{x} - i \pi \delta(x) \tag{15} \end{equation}

この式 (15) に出現した逆関数 (reciprocal function) と $\delta$ 関数の特別な結び付きは, 衝突過程の量子理論において重要な役割を演じる ( § 50 を参照のこと).


【 補足 】 [A]. $z$ と $w$ を複素数として $w=\log z$ としたとき,$z$ を極形式で表して $z=|z|e^{i \theta}$ とすると, $w=\log z = \log |z| + i \theta$ と書けるが, $\theta$ には $2\pi$ の不定性がある.$\theta$ の範囲 を $-\pi < \theta \leqq \pi$ としたときの $z$ の値を「複素数 $z$ の主値」という.従って主値で考えたとき,$z$ が負の実数である場合には $\theta=\pi$ である ( $z=-|z|=|z|e^{i\pi}$ ).従って, 次とするのである:

\begin{equation*} w=\log z = \log |z| + i \pi \end{equation*}

[B]. ${\displaystyle\int_{0}^{1} \frac{dx}{x}}$ は存在しないから広義積分 ${\displaystyle\int_{-1}^{1} \frac{dx}{x}}$ はもちろん存在しない.しかし, 次の極限値は存在し「Cauchyの主値」という:

\begin{align*} \text{P}\int_{-1}^{1}\frac{dx}{x} &=\lim_{\varepsilon \rightarrow +0}\left(\int_{-1}^{-\varepsilon}\frac{dx}{x} +\int_{\varepsilon}^{1}\frac{dx}{x}\right)=\lim_{\varepsilon \rightarrow +0}\Bigl\{\Bigl[\log |x|\Bigr]_{-1}^{\varepsilon}+\Bigl[\log |x|\Bigr]_{\varepsilon}^{1}\Bigr\}= 0 \end{align*}

(参考) この抜粋は, 実は P.A.M. Dirac : The Principles of Quantum Mechanics (Fourth edition) を自分で翻訳して作成した冊子からコピーしたものである.訳本があるにもかかわらず無謀にも自分で翻訳しようと思ったのは, 原書には実際はどんな具合に書かれているのだろうかという興味と量子力学の再学習を兼ねてであった. 挑戦は今から約8年ほど前に開始し, 約2年半を費やしてやっと訳出し終えたのだった.大御所の先生たちの名訳にはとても及ばないので, 訳がおかしいと思われたら岩波の訳本の方をちゃんと読んで下さいね.