ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

経路積分による「不確定性原理」について

前回の記事で言及したが, 経路積分では「不確定性原理」はどのように扱われているのであろうか?.ファインマンは「不確定性原理」について, 彼の著書:「光と物質のふしぎな理論」( QED : The Strange Theory of Light and Matter ) の中で次のように言べている:

私はこの「不確定性原理」を歴史上の考えとして取り扱いたい.量子物理という革命的な理論が出来始めた頃, 人はまだ ( 例えば, 光は直進するなどというように ) 物事を旧式な考えで理解しようとしていた.ところが, ある点から先は旧式な考えが役に立たなくなり始め,「これについては旧式な考え方なんぞ全然通用しない」というような警告が発せられるようになった.もし我々が旧式な考えを完全に捨て去り, 私がこの講演で説明しているような考え方, すなわち, ある事象が起こり得る経路全部の矢印を合わせる考え方 ( 経路積分法を指している ) を使って行けば, もはや「不確定性原理」などわざわざ持ち出す必要も無くなるのである.

上記の本は, 量子電磁力学 ( QED ) を, 物理学や数学の知識を必ずしも持っていない一般市民に行った講演を活字に起こしたものである.従って, 素人にも理解出来るように一つの経路が持つ位相因子 $\exp[i S[x]/\hbar]$ のことを「 矢印」と表現して説明を行っているのである.そして例えば, 鏡による光線の反射現象を次のような図で説明している:

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図 19 光が鏡でどのようにして反射するのかの説明.古典物理学では, 左図のようになり, 光源と検出器の高さが同じなら光は全て鏡の中央から反射し, その際に入射角と反射角とは等しいものと考える.しかし, 量子力学的な見方では, 光は右図のように, 鏡面のあらゆる部分で反射し, $A$ から M に至る全ての振幅を等しく持つと考える.

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図 24 経路積分の考え方.図の上部に示したのは光が通り得る経路で, その下には光子が光源から鏡の上のある点に行き, そこから光電子増倍管まで達するのに要する時間をグラフ化したもので, 明らかに中央の $G$ 点で最小時間になっている.更に, グラフの下には個々の矢印の方向, そして一番下にはこれらの矢印全部を (連結して) 加えた結果を示す.この最終矢印の長さは主に $E$ から$I$ までの矢印によっていることは明らかである ( 逆に言えば, それ以外の区間からの寄与はほぼ無視してよいことになる ).これらの経路 ( すなわち点 $E$ から $I$ までの経路 )たちを光が通るのに要する時間はほぼ等しいので, それらの矢印の方向もほぼ等しくなっている.この経路たちは同時に所要時間が最も短くなる部分でもある.従って, 「光は最短時間の経路を進むものだ」と言ってもほぼ正しい訳である.


以下は「量子力学経路積分」の § 2.2 に書かれている文章である:

2. 2 量子力学的振幅 (THE QUANTUM-MECHANICAL AMPLITUDE )

今や量子力学の法則を与えることが出来る.それぞれの軌道が,$a$ から $b$ に行く全振幅にどれだけ寄与するかを言わなければならない.作用の極値を与える特別な経路のみが寄与するのでなく, 全ての経路が寄与する.全振幅に対する寄与は, 同じ大きさであるが異なる位相を持つ.ある一つの経路が持つ位相は, その経路の作用 $S$ を作用量子の単位 $\hbar$ で割ったものである.以上をまとめると次のようになる.時刻 $t_a$ に於いて点 $x_a$ から出発し時刻 $t_b$ で点 $x_b$ に到たる確率 $P(b,a)$ は, $a$ から $b$ に到る振幅 $K(b,a)$ の絶対値の 2 乗 $P(b,a)=|K(b,a)|^{2}$ である.この振幅 $K(b,a)$ はそれぞれの経路 $x(t)$ からの寄与 $\phi[x(t)]$ を足し合わせたものである. $ \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} $

\begin{equation} K(b,a)=\sum_{\text{paths from $a$ to $b$}}\,\phi[x(t)] \tag{2.14} \end{equation}

1つの経路 ( 例えば図 24 の線分 SGP など ) の寄与 $\phi[x(t)]$ は作用 $S$ に比例する位相 $i S[x(t)]/\hbar$ を持ち, 次のように表すことが出来る:

\begin{align} &\phi[x(t)]= \mathrm{Const}\times e^{(i/\hbar)S[x(t)]},\quad \frac{i}{\hbar}S[x(t)]=\frac{i}{\hbar}\sum L(t) \Delta t\Rightarrow \frac{i}{\hbar}\int_{t_a}^{t_b} L(t) dt \tag{2.15}\\ &\rightarrow\quad K(b,a)=\sum_{\text{paths from $a$ to $b$}}\,\mathrm{Const}\times\exp\left[\frac{i}{\hbar}\int_{t_a}^{t_b} L(t) dt\right] \end{align}

従って, 上述の「矢印」は「位相因子 $\displaystyle{e^{(i/\hbar)S[x(t)]}=\exp\left[\frac{i}{\hbar}\int_{t_a}^{t_b} L(t) dt\right]}$ の偏角を向きとする単位ベクトル」のことを指していることが分かる.

 作用 $S$ は, 対応する古典系の作用である[ 式 (2.1) を見よ].便宜上, 定数 Const は核 $K(b,a)$ を規格化するように決める.この定数については, 後で「式 (2.14) の経路についての和とはどういう意味なのか」をもっと数学的に議論するときに取り上げるであろう.


そして § 2.4 で, この式 (2.14) に式 (2.15) の位相因子を代入した経路の和 ( the sum over paths ) の式 (1) を, ファインマン

\begin{equation} K(b,a)=\int_a^{b} \mathscr{D}x(t)\ e^{(i/\hbar)S[b,a]} \tag{2.25} \end{equation}

のように書き表わし, これを「経路積分」と呼ぶことにしたのである.

そして更に § 3−2「スリットを通した回折」では, スリット幅 $2b$ の「ガウス型スリット」を量子力学的粒子が通るときに, 次式が成り立つことを導いている:

\begin{equation} \delta p \, \delta x = 2\hbar \tag{3.32} \end{equation}
すなわち, 「不確定性原理の表現」を得ているのである.そして次のような説明を付けている:

古典的に速度が分かっていても, 幅 $\delta x$ のスリットを通ることによって乱雑な運動量 $\delta p$ が発生したかのように, 将来の位置の不確定性が増加するのである.古典的な概念を使ってこの量子力学の結果を定性的に述べるならば,「位置を知ることが運動量の不確定性を作り出すことになる」と言えるであろう.