ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

第2量子化 ( part 2 )

$\def\mb#1{\mathbf{#1}}$ こういうふうにして, シュレディンガーの希望して果たせなかった願い, すなわち波動 $\psi(\mb{x})$ を抽象的な座標空間内に閉じ込めないで, 3次元実空間中に迎え入れようという願いが, $\psi(\mb{x})$ の代わりに量子化した $\hat{\varPsi}(\mb{x})$ を用いるという方向で叶えられることになりました.そしてディラックは, 彼の発見論的方法に導かれて, $\hat{\varPsi}(\mb{x})$ の満たすべき場の方程式が $\psi(\mb{x})$ の満たす方程式と同じ形をしていることを発見したのです.しかし,「方程式の形は同じでも, $\psi$ は 1 個の粒子の確率振幅で $c$-数,$\hat{\varPsi}$ は波動場を記述する $q$-数というように, 概念的に全く別のものであること」を忘れてはなりません.さらに直ぐ後で話しますが,「方程式の形が一致するのは, 粒子間の相互作用が無視されたときに限ることで, 相互作用があれば $\psi$ と $\hat{\varPsi}$ とは概念的に異なるのみならず, それの満たす方程式も本質的に異なった数学的性質を持つことになる」のです.ですから, よく「$\psi$ を第2量子化すると $\hat{\varPsi}$ が得られる」という言い方がなされますが, それは正しくないのです.むしろ「量子化しないマックスウェル方程式が存在するように, 量子化しない $\varPsi$ についてもその満たす方程式が初めからあって, それは相互作用のないときに限り $\psi$ の方程式と一致する」と考えた方がよいと僕は思うのです.

 何れにせよ, 式 (6-5') のハミルトニアンを持つ力学系, 言い換えれば場の方程式 (6-1') を持つ波動場の系と, ハミルトニアン (6-16) を持った力学系, 言い換えれば粒子 $N$ 個から成る粒子系とは,「もし前者を式 (6-14') によって量子化し, 後者については対称的なシュレディンガー関数だけを採用するという操作を付け加えるなら, 全く同じ答えを与え, 全く同じである」という事が分かったことは大変な発見でした.なぜなら, そのことから,「量子論に於いては波動即粒子, 粒子即波動という西田哲学めいた命題が何らの矛盾もなく成立し, その数学的表現がちゃんと得られることになったからです.

 これまで話して来ました ( 多粒子系は $q$-数の $\hat{A}_n$ と $\hat{\varPi}_n$ を用いて記述でき, $\hat{A}_n$ と $\hat{\varPi}_n$ についての正準方程式が基礎方程式に使えるのではないかという ) ディラックの発見的考察は, 粒子間に相互作用があるような real ensemble に対しては功を奏しません.なぜなら, 彼が出発点にした virtual ensemble では粒子間の相互作用は何の役もしていないからです.そもそも彼の virtual ensemble の中の各力学系は, 粒子1個の系です.ですから, その系内部に相互作用は現れません.また ensemble は virtual なものであって, 例えば第1の系は一日目にだけ存在し, 第2の系は二日目にだけ, 第3の系は三日目にだけ, $\dotsb$ といったものでもよいわけですから, 二つの異なる系の中の粒子が相互作用するという考えは全く無意味だからです.それにも拘らず, 互いに作用し合っている粒子の real ensemble に対しても, それがボソンであるなら,3次元実空間に実在する波動場 $\hat{\varPsi}$ による記述が可能であることをヨルダンとクラインが示しました.彼らによれば, 今までは場の方程式 (6-1') の中の $H(\mb{x},\mb{p})$ すなわち $ \def\bra#1{\langle#1|} \def\ket#1{|#1\rangle} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\PKB#1#2{|#1\rangle\langle #2|} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} \def\reverse#1{\frac{1}{#1}} \def\oodiff#1#2{\frac{d#1}{d#2}} $

\begin{equation} H(\mb{x},\mb{p})= \mfrac{\mb{p}^{2}}{2m}+V(\mb{x}) \tag{6-20} \end{equation}

の右辺にある $V(\mb{x})$ としては外場に起因するポテンシャルエネルギーだけを考えれば良かったが, 粒子間に相互作用, 例えばクーロン斥力が存在するなら, $V(\mb{x})$ のところに, 外場によるポテンシャルエネルギーの他に, 波動場自身の電気密度 $e\hat{\varPsi^{\dagger}}\hat{\varPsi}$ によって生じるポテンシャルエネルギー

\begin{equation*} V_{wave}(\mb{x})=e\phi(\mb{x}),\quad\phi(\mb{x})=\mfrac{1}{4\pi\varepsilon_0}\int \mfrac{\rho(\mb{x}^{'})}{|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,d^{3}\mb{x}^{'} \end{equation*}

すなわち,

\begin{equation} V_{wave}(\mb{x})=\mfrac{e}{4\pi\varepsilon_0}\int \mfrac{e\hat{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x}')\hat{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,dv' \tag{6-21} \end{equation}

を付け加えて,

\begin{equation*} V^{'}(\mb{x})=V(\mb{x})+V_{wave}(\mb{x}) \end{equation*}

を用いなければならないというのです.すなわち, 式 (6-1') の中の $H(\mb{x},\mb{p})$ として

\begin{equation} H(\mb{x},\mb{p})=\mfrac{\mb{p}^{2}}{2m}+V(\mb{x})+V_{wave}(\mb{x}) \tag{6-20'} \end{equation}

を用いた方程式

\begin{equation} \left\{ \mfrac{\mb{p}^{2}}{2m}+V(\mb{x})+\mfrac{e}{4\pi\varepsilon_0} \int \mfrac{e\hat{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x})\hat{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,dv' -i\hbar \pdiff{t}\right\} \hat{\varPsi}(\mb{x},t)=0 \tag{6-22} \end{equation}

を式 (6-1') に代わって用いるのです.そうすると, この理論と

\begin{equation} H=\sum_{\nu=1}^{N}\left\{ \mfrac{\mb{p}^{2}_{\nu}}{2m}+V(\mb{x})\right\} +\sum_{\nu>\nu^{'}}^{N}\mfrac{1}{4\pi\varepsilon_0}\mfrac{e^{2}}{|\mb{x}_{\nu}-\mb{x}_{\nu^{'}}|} \tag{6-23} \end{equation}

ハミルトニアンを持ったボソン系の量子論とはあらゆる点で一致する答えを持つことを, ヨルダンとクラインは見つけたのです.このとき, 式 (6-23) の $\displaystyle{\sum_{\nu>\nu^{'}}^{N}\dotsb}$ の項の中に $\nu=\nu^{'}$ の項が含まれていないことは注目に値します.その結果, 粒子1個の場合には, $V_{wave}(\mb{x})$ を付け加えた方程式 (6-22) を用いても, 式 (6-23) の中に $\displaystyle{\mfrac{e^{2}}{|\mb{x}_{\nu}-\mb{x}_{\nu^{'}}|}}$ を含む項は全然現れないことになります.

 このヨルダンとクラインの仕事から, $\hat{\varPsi}$ と $\psi$ との違いは一層ハッキリしました.なぜなら, ($N$個の粒子についての) $\hat{\varPsi}$ に対する場の方程式 (6-22) は,1個の粒子に対する確率振幅を与える方程式 (6-1), すなわち

\begin{equation} \left\{ \mfrac{1}{2m}\mb{p}^{2}+V(\mb{x}) -i\hbar\pdiff{t} \right\} \psi(\mb{x},t)=0 \tag{6-22'} \end{equation}

と全く違った形をしている.しかもこの違いは本質的です.というのは,「変換理論に拠れば, 確率振幅は重ね合わせの原理を満たさねばならず, 従って $\psi$ の満たすべき方程式は常に線形でなければならないのに, 式 (6-22) は $\hat{\varPsi}$ について線形でない」からです.そういう訳で, 場の方程式 (6-22) は, $\hat{\varPsi}$ を $q$-数でないと考えても, 絶対に $\psi$ の方程式とは考えられない性質のものです.「$\psi$ を第 2 量子化すれば $\hat{\varPsi}$ が得られる」という言い方が全く正しくないことは, これでハッキリしたでしょう.

 方程式 (6-22) は, 発見論的な理由付けでは導けなかったとしても, とにかく粒子の相互作用を正しく取り入れた場の方程式であって, もし $\hat{\varPsi}$ を量子化しないなら, それは古典的なマックスウエル方程式に相当するものなのです.それじゃ, 式 (6-22) の左辺に $\hbar$ が有るのはなぜですかって?.こりゃ良い質問だ.呑気坊主じゃ出来ない質問だ.だけどせっかく良い所に気付いたのだから, 答えはひとつ自分で考えてごらんなさい.

[ ヒント:今までの議論で $m\to\hbar\tilde{m}$, $V\to\hbar\tilde{V}$, $e\to\hbar\tilde{e}$, $\hat{\varPsi}\to \tilde{\varPsi}/\sqrt{\hbar}$ という置き換えを行ってみよ.そしてその置き換えの意味を考えてみよ.]


 ( 解答例 ) 式 (6-22) の第3項目について, ヒントの置き換えを行ってみると,

\begin{equation*} \mfrac{e}{4\pi\varepsilon_0} \int \mfrac{e\varPsi^{\dagger}(\mb{x})\varPsi(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,dv' \rightarrow\mfrac{\hbar\tilde{e}}{4\pi\varepsilon_0} \int\mfrac{\hbar\tilde{e}\mfrac{\tilde{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x})}{\sqrt{\hbar}} \mfrac{\tilde{\varPsi}(\mb{x})}{\sqrt{\hbar}}} {|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,dv' =\mfrac{\hbar\tilde{e}}{4\pi\varepsilon_0}\int \mfrac{\tilde{e}\tilde{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x})\tilde{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,dv' \end{equation*}

この結果を式 (6-22 )の第3項に用いてから両辺を $\hbar$ で割ると「$\hbar$ の無い式」が得られる:

\begin{align*} &\left\{\mfrac{1}{2m\hbar}(-i\hbar\nabla)^{2} +\mfrac{V(\mb{x})}{\hbar}+\mfrac{\tilde{e}}{4\pi\varepsilon_0} \int \mfrac{\tilde{e}\tilde{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x})\tilde{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,dv' -i\pdiff{t}\right\} \hat{\varPsi}(\mb{x},t)=0\\ &\therefore\quad \left\{ -\mfrac{1}{2\tilde{m}}\nabla^{2}+\tilde{V}(\mb{x})+\mfrac{\tilde{e}}{4\pi\varepsilon_0} \int \mfrac{\tilde{e}\tilde{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x})\tilde{\varPsi}(\mb{x})}{|\mb{x}-\mb{x}^{'}|}\,dv' -i\pdiff{t}\right\} \tilde{\varPsi}(\mb{x},t)=0 \tag{1} \end{align*}

また, 粒子の個数を表わす式( 6-12'') の $\hat{\varPsi}$ に, ヒントの置き換えを行ってみると,

\begin{equation*} N=\int\mfrac{\hat{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x},t)}{\sqrt{\hbar}} \mfrac{\hat{\varPsi}(\mb{x},t)}{\sqrt{\hbar}}\,dv\quad\rightarrow\quad \int \tilde{\varPsi^{\dagger}}(\mb{x},t)\tilde{\varPsi}(\mb{x})\,dv=\hbar N \tag{2} \end{equation*}

式 (6-2') から, この結果を $\phi(\mb{x})$ の表現で書いてみるならば,

\begin{equation*} \int \tilde{\phi^{*}}_n(\mb{x})\tilde{\phi}_n(\mb{x})\,dv = \hbar \tag{2'} \end{equation*}

これは, $\phi$ または $\varPsi$ で表される粒子の規格化を$1$ではなく$\hbar$ としたこと, または, 粒子が「1個」でなくて「$\hbar$ 個」としたことに相当している.( 高林:「量子論の発展史」の § 8.4 では,「それが一種の'' 量子化 '' であることがよりハッキリする」と述べている ).そしてヒントの置き換えは,「$\hbar$ に規格化したこと」により, 質量や電荷も $\hbar$ 倍されるという訳である.ただし, 電荷密度の定義式 (6-19) は, ヒントの置き換えに対して不変な形となることに注意する:

\begin{equation*} \rho(\mb{x})=\hbar \tilde{e}\mfrac{\tilde{\Psi}^{\dagger}(\mb{x})}{\sqrt{\hbar}} \mfrac{\tilde{\Psi}(\mb{x})}{\sqrt{\hbar}}=\tilde{e}\tilde{\Psi}^{\dagger}(\mb{x})\tilde{\Psi}(\mb{x}) \tag{3} \end{equation*}

 ディラックのアクロバットの解説が思わず長くなったが, 結局, 彼が示したかったのは,「多数ボソン系と3次元空間内の波動場とが量子論では同等だ」ということです.彼はこの結論を光子に適用して, 原子によるその放射, 吸収, 散乱を量子論的に論じようとしたのです.しかし, これまでの論法をそのまま光子に適用しようとするには,1個の光子に対する確率振幅の方程式が分かっていなければ困る, と思われるかもしれない.ところで光子は相対論的な粒子で, それに対して式 (6-1) を用いる訳にはいかない.一方,1個の光子の確率振幅を見つけようとする試みは, その頃までにも色々な人がやってみたが, どれもうまく行かない ( 後で分かったことですが, 光子と限らず, 相対論的な理論では $x,y,z$ 空間内の確率振幅は存在しないのです ).しかし, これまでの長話のおかげでハッキリしたように, 量子化すべき方程式は, 結局, 3次元空間に実在する波動場の方程式であって, 確率振幅のそれではないのです.ですから, 確率振幅の方程式が分からなくても, 場の方程式が分かっているなら, それを量子化すればよいではないか.我々みたいに長話をしないでも, ディラックには最初からそれが分かっていた訳で, 彼はデバイの線の延長として光の場を量子化し, 原子による光の出し入れ, 或いは散乱について, ちゃんとした答えが出ることを示したのです.

 ディラックのこの仕事を引き継いで, 量子化したマックスウエルの場と電子とを一緒に考え, 原子 (の中の電子) と電磁場との相互作用を論ずるという作業は, フェルミやハイゼンベルグ - パウリたちによって, より完全な形に定式化されました.なかでもハイゼンベルグとパウリは, 共著の大論文「波動場の量子力学について」(1929年) に於いて, ディラックフェルミと違って, 電磁場だけでなく, 電子それ自身も量子化された場と考えて問題を取り扱っている.この論文で彼らはディラック方程式を電子の確率振幅に対する方程式とは考えずに, 電子場に対する相対論的な場の方程式と見做しているのです.$\sim$以下は略す.$\sim$

 しかし, このとき電子場の量子化を式 (6-14') によって行うことは出来ません.なぜなら, それでは電子がボソンになってしまうから.ではどういう量子化を行うか?.これに答えてくれたのがハイゼンベルグ - パウリの仕事の前年, すなわち 1928 年に現れたヨルダン - ウィグナーの仕事です.彼らの答えは肯定的でした.ただそのためには, 交換関係 (6-14') では勿論ダメで, その代わりに式 (6-14') の左辺のマイナスをプラスで置き換えた関係を用いなければならない:

\begin{align*} &\hat{\varPsi}(\mb{x})\hat{\varPi}(\mb{x}^{'})+\hat{\varPi}(\mb{x}^{'})\hat{\varPsi}(\mb{x}) =i\hbar \delta(\mb{x}-\mb{x}^{'}),\\ &\hat{\varPsi}(\mb{x})\hat{\varPsi}(\mb{x}^{'})+\hat{\varPsi}(\mb{x}^{'})\hat{\varPsi}(\mb{x}) =0,\\ &\hat{\varPi}(\mb{x})\hat{\varPi}(\mb{x}^{'})+\hat{\varPi}(\mb{x}^{'})\hat{\varPi}(\mb{x})=0 \tag{6-14'+} \end{align*}

そういうことを彼らは発見したのです.この関係を「反交換関係」と呼びますが, これが成立していると, 式 (6-18) で定義されたオブザーバブル $N_n$ の固有値は,

\begin{equation} \text{eigenvalues of}\ N_n = 0,1 \tag{6-18'+} \end{equation}

であることが導かれ, この粒子は $n$ という状態に $0$ 個か $1$ 個しか入れないことになり, 従って明らかにパウリの排他原理を満たすことが分かる.そして, こうして量子化された波動場は, ハミルトニアン (6-16) または( 6-23) を持つ粒子系に於いて反対称のシュレディンガー関数だけを採用したもの, すなわちフェルミオン系とあらゆる点で同等だということが証明出来ます.そういう訳で, さっき言った西田哲学まがいの命題は, ボソン, フェルミオン両方を通じて成立することになりました.

$\sim$ 以下は略す.$\sim$