遷移振幅について
前に「遷移振幅と遷移要素の違い」について書いたが, 第8章などに振幅 $G_{mn}$ という量が出て来るので, もう一度遷移振幅についてまとめておくことにする.
振幅$G_{mn}$ について
§ 8-9 強制調和振動子 で「初めに状態 $n$ に在った振動子が時刻 $T$ に状態 に見出される振幅 $G_{mn}$」を求めると便利であるとして「一個の調和振動子が外場ポテンシャルや擾乱と線形結合している場合に於ける $G_{mn}$」を考えている.この $G_{mn}$ も「遷移振幅」の一種と思われる.そこで $G_{mn}$ が前述の遷移振幅とはどんな差異があるのかを見ていこう.
この場合の系のラグランジアンは次式で与えられる: $ \def\bra#1{\langle#1|} \def\ket#1{|#1\rangle} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\Braket#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} \def\reverse#1{\frac{1}{#1}} $
ただし, 便宜上「外力 $f(t)$ は $t=0$ から $t=T$ までの間だけ働き」, 初め ( $t=0$ ) と終わり ( $t=T$ ) で振動子は自由であると仮定する. このとき, 初めに状態 $n$ に在った振動子が時刻 $T$ に状態 に見出される振幅 $G_{mn}$ は次で与えられる:
実は, 基底ケットを $\ket{n}$, 基底ブラを $\bra{m}$ としたとき, この振幅 $G_{mn}$ は次で表されるものである ( と思われる!? ):
ただし $U_{I}$ は「相互作用表示での時間発展演算子」であり,「シュレディンガー表示での時間発展演算子」を $U(t,t_0)$ としたときに,
で定義されるものである.このことは J.J.Sakurai:「現代の量子力学」 § 5.6 の記述から判断したことである.その § 5.5 などから「相互作用表示」が「シュレディンガー表示」や「ハイゼンベルグ表示」とどのように違うのかをまとめながら, その判断理由を以下に述べておく.
シュレディンガー表示とハイゼンベルグ表示に於ける状態ケットと観測量
時間発展の演算子 $\mathscr{U}(t)=\exp(-i H t/\hbar)$ を用いて違いを述べる.シュレディンガー表示では, 演算子 $A_{S}$ は時間が経っても変化せず, 状態ケット $\ket{\alpha,t}_{S}$ が変化する:
ただし基底ケット $\ket{a}$ は, 状態ケット $\ket{\alpha,t}_S$ とは違って,「変化しない」ので注意するべし!.
それに対して,「ハイゼンベルグ表示」では時間変化するのは観測量に対応する演算子であり, 状態ケットの方は初期時刻 $t_0=0$ での値に謂わば凍りついていて動かない.そこで,「ハイゼンベルグ表示」での観測量 $A_H(t)$ と状態ケット $\ket{\alpha,t}_{H}$ は次で定義される:
しかしながら, 期待値 $\langle A\rangle$ はどちらの表示でも同じになることは明らかである:
また,「遷移振幅」を考えると 2 つの表示の同等性が分かる.ある物理系が $t=0$ で観測量 $A$ の固有値 $a$ の固有状態に在ったとしよう.その後, 時間 $t$ で系が観測量 $B$ の固有値 $b$ の固有状態に在る確率振幅, すなわち遷移振幅を考えて見よう.「シュレディンガー表示」では $t$ での状態ケットは $\mathscr{U}\ket{a}$ で与えられるが, 基底ケットの $\ket{a}$ や$\ket{b}$ は時間変化しない.従って, この遷移振幅は次で表される:
これに対して「ハイゼンベルグ表示」では, 状態ケット は定常的で $\ket{a}$ の状態のままであるが,「基底ケット $\ket{\beta}$ が逆方向に時間変化する」.従って, 遷移振幅は次となる:
このとき, 式 \eqref{eq7} と式 \eqref{eq8} が同一であることは明らかだ:
相互作用表示 ( ディラック表示 )
ポテンシャル $V(t)$ が時間に依存する場合, ハミルトニアン $H$ は 2 つの部分に分けて書くことが出来る:
このときの $H_0$ は時間を露わに含まない.そして $V(t)=0$ の場合は, 次式のようにエネルギー固有ケット $\ket{n}$ とエネルギー固有値 $E_n$ が完全に分かっていると仮定する:
この場合の「シュレディンガー表示」と「ハイゼンベルグ表示」の関係は, 上述の式 \eqref{eq8}と式 \eqref{eq4}とから次である:
しかしこのとき,「相互作用表示」での状態ケット $\ket{\alpha,t}_I$ と演算子すなわち観測量 $A_I$ は, 次で定義される:
相互作用表示の式 \eqref{eq13} と式 \eqref{eq12} との基本的な差異は,「指数関数の中に$H$でなくて$H_0$が入っていること」である.
相互作用表示の状態ケットの時間変化を特徴付ける基礎方程式は次となる:
これはシュレディンガー方程式において $H$ を $V_I$ で置き換えた式になっていることに注意する.更に, シュレディンガー表示で時間 $t$ を顕に含まない観測量 $A$ に対して, 相互作用表示の $A_I$ については次の方程式が成り立つ:
これはハイゼンベルグの運動方程式に似ているが,「$H$ が $H_0$ に置き換わっている」ことに注意する.このように,「相互作用表示 ( ディラック表示 )」は,色々な点で「シュレディンガー表示」と「ハイゼンベルグ表示」の中間であると言うことが出来る.
相互作用表示に於ける遷移振幅
相互作用表示での時間発展演算子 $U_I(t,t_0)$ が与えられると, 任意の状態ケットの時間発展が予言できて次式が言える:
ただし $t_0=0$ を仮定し, その場合 $\ket{\alpha,t_0}_I=\ket{\alpha,t_0}_S$ となることを用いている.
この $U_I(t,t_0)$ とシュレディンガー表示での時間発展演算子 $U(t,t_0)$ との関連を調べる.まず式 \eqref{eq13} から,
この式 \eqref{eq16} と式 \eqref{eq17} との比較から, 次が言えることは明らかだ:
次に $U_I(t,t_0)$ の行列要素を, $H_0$ のエネルギー固有状態の間で取って見ると,
このとき $\Braket{m}{U(t,t_0)}{n}$ は遷移振幅であったから, この $\Braket{m}{U_I(t,t_0)}{n}$ は以前に定義した「遷移振幅」と全く同じとは言えない振幅で, 位相因子 $e^{i(E_m t -E_n t_0)/\hbar}$ だけの差異がある.しかし遷移振幅の絶対値の2乗として定義させる「遷移確率」は, 相互作用表示に於ける類似の量に一致することに注意する:
以上において初期時間を $t_0=0$ とし終時間を $t=T$ とした場合を考えると, 式 \eqref{eq19} は次となる:
このとき $\Braket{m}{U(t,t_0)}{n}$ は遷移振幅であるから, 基底ケット $\ket{n}$ をエネルギー固有状態ケット $\ket{\psi_n}$ とするならば, この式はまさに式 (8-137) の振幅 $G_{mn}$ に一致する!:
よって式 \eqref{eq1} の結論となった訳である.