ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

経路積分で使われている「量子力学の原理」

前の記事「遷移振幅と遷移要素の違い」に於いて, ファインマン物理学から「量子力学の第一原理」について書いた.しかしファインマンはそれだけでなく, ファインマン物理学V「量子力学」の第3章で,「第2番目の一般原理」そして「第3番目の一般原理」も記述しているいるので, ここに改めて書いておくことにする.

量子力学に於ける「第1番目の一般原理」は, 粒子が源 $s$ を出て $x$ に到達する「確率」が,「確率振幅」- 今の場合 " $s$ を出た粒子が $x$ に到達する振幅" - と呼ばれる複素数の絶対値の2乗によって定量的に表されるということである.

$\qquad\dotsb$

量子力学の「第2番目の一般原理」について述べておこう.1個の粒子が二つの可能な経路を通って, ある与えられた状態に到達することが出来るとき, その過程に対する全振幅は, 二つの経路に対して別々に考えた「振幅の和」で与えらえれる.

$\qquad\dotsb$

次の「第3番目の一般原理」とは, 粒子がある特定の経路を辿って行くとき, その全体の経路に対する振幅は, その経路の一部を行く振幅とその経路の残りの部分を行く振幅の積として表されるということである.


ファインマン物理学」の中で述べられているのは以上である.しかし, ファインマンは彼の論文の中で, これらの事をより厳密な形で述べている.よって参考のために, それを訳したものもここに乗せておこう!!.

以下は, そのファインマンの論文

Space-Time Approach to Non-Relativistic Quantum Mechanics」,

Review of Modern Physics, Vol 20, Number 2, April 1948

の第2章を訳出したものである.

この原文は次のサイトから閲覧ダウンロード出来る:

http://hermes.ffn.ub.es/luisnavarro/nuevo_maletin/Feynman_Approach_1948.pdf

2. 確率振幅の重ね合わせ

この論文で提示する公式化に本質的な着想として含まれているのは, 時間の関数として完全に特定される運動に伴なう確率振幅の概念である.従って, 遷移振幅の重ね合わせ (superposition of probability amplitudes) の量子力学的な概念を詳細に復習することは価値のあることである.古典物理学から量子力学へ移行するときに要求される物理的見解の本質的な変更 (essential changes in physical outlook) を調べてみよう.

この目的のために, ある仮想実験を考察する.そこでは時間的に連続する3つの測定, すなわち最初は量 $A$ を, 次に量 $B$, そして量 $C$ の測定を行うことが出来る.これらが別の量である必要はなく, 連続する三回の位置測定に専念しても十分である (it will do just as well if the example of three successive position measurements is kept in mind).測定 $A$ から生起し得る多くの結果の内の一つとして $a$ が, $B$ からは生じ得る結果が $b$, そして3番目の測定 $C$ から生じ得る結果が $c$ であると仮定しよう.測定 $A$, $B$, $C$ は量子力学的な場合に完全に状態を特定するタイプの測定であると仮定しよう.すなわち, 例えば $B$ が値 $b$ を持つという状態は縮退していない.

量子力学が確率を取り扱うということはよく知られているが, しかし当然ながらそれが全体像という訳ではない.より明示的に古典論と量子論の間の関係を提示するためならば, 古典的に扱う確率は, 全ての確率がゼロか1の場合を除いたものも扱うと考えてよい.もっと良いのは, 確率が古典統計力学の意味のものであるという古典的場合を想像することである (その場合, 恐らく, 内部座標は完全には特定されない).

「測定 $A$ は結果 $a$ を与え, その後の測定 $B$ は結果 $b$ を与える確率」として量 $P_{a\,b}$ を定義する.同様にして $P_{b\,c}$ は測定 $B$ が結果 $b$ を与えその後の測定 $C$ は結果 $c$ を与える確率である.さらに $P_{a\,c}$ は, $A$ が $a$ を与え次の $C$ が $c$ を与えるチャンスであるとしよう.最後に, $P_{a\,b\,c}$ が表わすのは3つ全ての確率, すなわち $A$ が $a$ を与え, それから $B$ が $b$, そして $C$ が $c$ を与える確率であるとする.もし $a$ と $b$ 間の事象が $b$ と $c$ 間の事象と独立であるならば, 次が成り立つ: $ \def\ket#1{|#1\rangle} \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} $

\begin{equation} P_{a\,b\,c\,}=P_{a\,b\,}P_{b\,c} \tag{1} \end{equation}

量子力学では,「測定 $B$ が $b$ であるという記述は状態を完全に特定している」ことは真である.任意の事象では次の関係が期待される:

\begin{equation} P_{a\,c}=\sum_{b} P_{a\,b\,c} \tag{2} \end{equation}

その理由は, 最初に測定 $A$ が $a$ を与えその後の系で測定 $C$ を行うと $c$ となることが分かったならば, 量 $B$ は $A$ と $C$ の間の時間ではある値を取らなければならないからである.それが $b$ である確率が $P_{a\,b\,c}$ である.$\sum_{b}$ は, 互いに背反な $b$ の全ての代替物について和または積分を行うことを表わす記号である.

さて今や式(2)には, 古典物理学量子力学の間の本質的な違いが存在している.古典物理学では, それは常に真である.しかし量子力学ではしばしば偽である.測定 $A$ の結果が $a$ でありその後で測定 $C$ をした結果が $c$ である量子力学的確率を $P_{a\,c}^{q}$ と記すことにする.量子力学では, 式(2)は注目すべき以下の法則で置き換えられる.次式が成り立つような複素数 $\phi_{a\,b}$, $\phi_{b\,c}$, $\phi_{a\,c}$ が存在する:

\begin{equation} P_{a\,b}=|\phi_{a\,b}|^{2},\quad P_{b\,c}=|\phi_{b\,c}|^{2},\quad P_{a\,c}^{q}=|\phi_{a\,c}|^{2} \tag{3} \end{equation}

従って, 式(1)と式(2)を結び付けた次の古典法則

\begin{equation} P_{a\,c}=\sum_{b} P_{a\,b}P_{b\,c} \tag{4} \end{equation}

は, 量子力学では次式で置き換えられる:

\begin{equation} \phi_{a\,c}=\sum_{b}\phi_{a\,b}\phi_{b\,c} \tag{5} \end{equation}

もし式(5)が正しいならば, 通常では式(4)は正しくない.式(4)を導出する(演繹する)際になされる論理的エラーは, 勿論だが $a$ から $c$ に至るために系は $B$ がある特定な値 $b$ を取らなければならないという条件を通過(経由)しなければならないと仮定するところに存在している.

もしこのことを確かめようと試みるならば, すなわち実験 $A$ と $C$ の間で $B$ を測定するなら, そのとき公式(4)は, 実は正しい式である.より正確に述べるならば, $B$ を測定する器具が置かれて使用されるけれども、$A$ と $C$ 間の相関だけが記憶されて調べられたという意味で測定$B$の結果は利用される試みは為されなかったとしたら, その場合の式(4)は正しい.なぜなら, $B$ を測定する装置はその測定をやってしまっているからである;もし望むなら, その状況をさらに乱すことなく, 任意のときにメーターを読むことが出来るからである.従って, $a$ と $c$ を与える実験は, 値 $b$ に依存する組みにグループ分けすることが出来る.

振動数の観点から確率を見るならば, 式(4)は単に「$a$ と $c$ を与える各々の実験で $B$ はある値を取る」という記述からの結論である.式(4)が間違で有り得るとする唯一の仕方は,「$B$はある値を取る」という記述が「ある場合には無意味でなければならない」とすることである.式(5)が式(4)と置き換わるのは$B$を測定する試みをしない状況下であることに注意すると,「$B$はある値を取る」という記述は, $B$を測定する試みをしない場合には常に無意味なものであるということになる.

従って, 我々が $B$ を測定するか否かに依って $a$ と $c$ の相関は異なる結果すなわち式(4)か式(5)を得ることになる.$B$ を測定する試みは, たとえその試みが僅かなものであっても, その系を乱すに違いない.その擾乱は, 少なくとも結果を式(4)で与えられるものとするかそれとも式(5)で与えられるものにするかの違いを生じるには十分なものである.実は,「そのような測定は必然的な擾乱を引き起こし, そして本質的に式(4)はおそらく偽となる」ということは, ハイゼンベルグが彼の「不確定性原理」の中で最初に明確に述べたことだった.法則(5)は, シュレディンガーの著作 (work), ボルンとジョルダンの統計的解釈, そしてディラックの変換理論 (transformation theory) からの結果である.

式(5)は, 物質の波動的本性を示す典型的な表現 (representation) である.そこでは, $a$から幾つかの異なるルート ($b$ の値) を通って $c$ へ至る粒子を見出すチャンスは, たとえそのルートを決定する試みをしなくても, 幾つかの複素量 ( それは可能な各ルートに対して一つ存在する ) の和の2乗として表現することが出来る.

典型的な干渉現象は通常は波に伴うもので, その強さは異なる源からの寄与の和を2乗することで与えられるが, 確率はその干渉現象をうまく表示することが出来る.粒子であることを確かめる試みをしない限り, 電子はいわば波として式(5)で振る舞う;しかし, もし望むなら, それがあたかも粒子としてどんなルートを移動するのか決定することが出来る;しかしそれを実行したら式(4)が当てはまり, 電子は粒子のように振る舞うことになる.

これらの事柄は, 当然ながらよく知られていることである.それらはすでに何度も説明されて来た.しかしながら, それらは全て式(5)の単なる直接的な帰結に過ぎないという事実を強調することは価値のあることである.何故なら, 「本質的に式(5)が, 私流の量子力学の公式化の基礎 (fundamental) だから」である.

式(4)と式(5)を多数の測定, 例えば $A,B,C,D,\dotsb,K$ へ一般化するならば, 連続して起こる事象が $a,b,c,d,\dotsb,k$ である確率は, 当然ながら次式となる:

\begin{equation*} P_{a,\,b,\,c,\,d\,\dotsb,\,k}=\left|\phi_{a,\,b,\,c,\,d\,\dotsb,\,k}\right|^{2} \end{equation*}

例えば, もし $b$, $d$, $\dotsb$ が測定されているならば, $a,\,c,\,k$ の生起する確率は次の古典的な式となる:

\begin{equation} P_{a,\,c,\,k}=\sum_b \sum_d \dotsb P_{a,\,b\,c,\,d,\,\dotsb,\,k} \tag{6} \end{equation}

他方, もし $A$ と $C$ の間そして $C$ と $K$ の間で全く測定が為されなかったとしたら, $a,\,c,\,k$の生起する確率は次となる:

\begin{equation} P_{a,\,c,\,k}^{q}=\left|\sum_b \sum_d \dotsb \phi_{a,\,b,\,c,\,d,\,\dotsb,\,k}\right|^{2} \tag{7} \end{equation}

量 $\phi_{a,\,b,\,c,\,d\,\dotsb,\,k}$ を,「条件 $A=a$, $B=b$, $C=c$, $D=d$, $\dotsb$, $K=k$ の下での確率振幅」と呼ぶことが出来る.(この遷移振幅は, 当然ながら, 積$\phi_{a\,b}\phi_{b\,c}\phi_{c\,d}\dotsb\phi_{j\,k}$ として表現出来る).


また、J.J.Sakurai が「現代の量子力学」の § 2.5 の中で「ファインマン経路積分」について解説している.そこでは次のように述べられている:

ファインマンディラックの謎めいた言葉に触発されて, 経路の概念を基に量子力学の新しい定式化を試みたのである.従来の形の量子力学から借りて来た考え方は, 単に

(1) 重ね合わせの原理 (様々の取り得る経路からの寄与を合わせるときに用いる),

(2) 遷移振幅の合成の性質,

(3) $\hbar\to 0$ の極限での古典論との対応,

の三つのみである.$\dotsb$ ファインマンの理論がシュレディンガー波動力学と全く同等であることは明らかである.