グリーン関数について part 1
ランダウ:「力学・場の理論」の§ 60, 小出昭一郎:「物理現象のフーリエ解析」の第4章, そして今村勤:「物理とグリーン関数」の第10章 からの文章を抜粋することで「Green関数」についてまとめておこう.問題 3-11 の回答もまた Kleinert に頼ることにしたのだが, そこに「グリーン関数」が使われているからである.自分がグリーン関数に出会ったのは J. D. Jackson : 「Classical Electrodynamics」§ 1.10 に於いてであった.そこで, 例としては電磁気学などを取り上げることにする.
グリーン関数の物理的・数学的意味
物理学に於けるある現象を記述ないし理解しようとするときには「対象とする物理系にある作用を与えたとき, その物理系にどのような変化が生じるか」という記述法がしばしば用いられる.そのとき理論を出来るだけ精密化するためには「与える作用とそれに対する物理系の反応とを出来るだけ時間的・空間的に細分化する」ことが望ましい.この細分化を, 例えば弦の微小振動で考えるならば, 最も細分化した作用として, ある時刻ある点に瞬間的かつ局所的に働く「単位外力」を考えることが出来る.一般的な外力はこの単位外力たちの1次結合で得ることが出来るし, 数学的にもこれらの瞬間的かつ局所的に働く力の取り扱いは容易である.この細分化した作用に伴って, それに対する物理系の反応もまた各時刻各点の変位に細分化して考えることが出来る.すなわち「ある時刻 $t'$, ある点 $x'$ に系外から「瞬間的かつ局所的な単位外力」を作用させたとき, 系のある時刻 $t$, ある点 $x$ での物理量にどのような影響が与えられるか」という問題を提起するのである.そして,「全ての現象の伝わり方」については「一旦物理系が定まれば, ある時空点 $(t',x')$ に与えた単位作用が ある時空点 $(t,x)$ の場の量に与える影響は, 2 つの時空点の関数 $G(t,x,t',x')$ で表される」と考え, そのような関数を「グリーン関数」と呼んでいるのである.
簡単な例
不変な電磁場
不変な電場(静電磁場)に対するマクスウェル方程式は次の形を持つ: $ \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} $
電場 $\mb{E}$ はスカラーポテンシャルのみによって次の関係で表される:
式(2)を式(1)に代入すると, 静電場のポテンシャルが満たす方程式が得られる:
この方程式は「ポアソン方程式」と呼ばれる.ただし $\Delta=\nabla^{2}$ である. 特に真空すなわち $\rho=0$ の場合には, ポテンシャルは次の「ラプラス方程式」を満たすことになる:
この最後の方程式から特に, 電場は如何なる所にも極大或いは極小を持つことは出来ないことが結論される.何故なら, $\phi$ が極値を持つためには, 座標に関する $\phi$ の1階導関数がゼロであり, かつ2階導関数 $\partial^{2}\phi/\partial x^{2}$, $\partial^{2}\phi/\partial y^{2}$, $\partial^{2}\phi/\partial z^{2}$ が全て同じ符号を持つことが必要であるからだ.最後の要求は不可能である.と言うのは, その場合式(4)を満たすことは出来ないからである.
さて, 点電荷の作る電場を求めてみよう.対称性を考慮すれば, 場が電荷 $e$ の在る点からの位置ベクトルの方向に向いていることは明らかである.同じ考察から明らかなことは, 場の値 $E$ は電荷からの距離 $r$ にのみ依存することである.この大きさを見出すために, 式(1)の積分形の式を用いる:
電荷 $e$ を中心として描いた半径 $r$ の球面を通る電束は $4\pi r^{2}E$ であるが, 上式からこの電束は $4\pi e$ に等しくなければならない.よって, 式(5)のことは次式に書ける:
このように, 点電荷の作る場は電荷からの距離の2乗に逆比例している (クーロンの法則) .
この場のポテンシャル $\phi$ は明らかに次である:
幾つかの電荷から成る系の場合, その系によって作られる場は, 「重ね合わせの原理」によって各粒子が個々に作る場の和に等しい.とりわけ, このような場のポテンシャルは $r_i$ を電荷 $e_i$ からポテンシャルを求める点までの距離とすると次に書ける:
電荷密度 $\rho$ を導入すれば, この式は次の連続形をとる:
ここで $r$ は, 体積要素 $dV$ と考えている点 (観測点) までの距離である.
点電荷に対する $\rho$ および $\phi$ の値, つまり $\phi=e/r$ 及び $\rho=e\,\delta(\mb{r})$ を式(3)に代入すると,
よって, 次の数学的関係が得られる:
これはより一般的には次のように書くことが出来る:
このとき または は「グリーン関数」と呼ばれ $G$ と記される.
熱伝導
いま, 密度が $\rho$ で比熱が $c$ を持つ物質の中を熱が流れている場合を考える.流れの方向に垂直な断面積 $dS$ をとった場合, $dt$ 時間の間にこの $dS$ を通った熱の量が $q\,dS\,dt$ であるとした場合に, 大きさが $q$ で流れと同じ方向を持つベクトル $\mb{q}(\mb{x},t)$ によってこの点 $\mb{x}$ に於ける「熱流密度」と定める.$\mb{q}$ に垂直でない面の場合では, $dS$ の法線ベクトルを $\mb{n}$ として, $\mb{q}\cdot\mb{n}\,dS\,dt$ と表される.
熱の流れは, 温度が場所によって異なるために生じる.温度を $T(\mb{x})$ とするとき, 温度勾配は $\nabla T(\mb{x})$ と表される.すると熱伝導について次の「フーリエの法則」が成り立つ:
ただし $K$ は比例定数で, その物質の「熱伝導度」(thermal conductivity) と呼ばれる.
いまこの熱流 $\mb{q}$ の場の中に微小体積 $dV$ を考えたとき, 時間 $dt$ の間に流入する熱量は $-\text{div}\,\mb{q}\,dV\,dt$ である.物質内に熱の発生または吸収が起こっているときには, 微小体積 $dV$ 内で $dt$ 時間に発生する熱量を $Q(\mb{x},t)dVdt$ と書くことにすると, 流入する熱量と発生する熱量の和 $(-\text{div}\,\mb{q}+Q)dV\,dt$ によって温度の変化が起こる.熱容量は $\rho\, c\, dV$ であるから, 温度変化 $dT=\frac{\partial T}{\partial t}dt$ と上述の量との関係は次で表される:
両辺を $dVdt$ で割って次が得られる:
ここで熱流密度 $\mb{q}$ に「フーリエの法則」の式(13)を適用すると次式が得られる:
ただし「熱拡散率 (温度伝導度)」 を $a=K/\rho c$ と定義した.熱の発生が無く $Q=0$ の場合, 上式は次となる:
位置 $P$ にある点 $\mb{r}_p$ だけが加熱されて $t=0$ の温度分布が次となるようにしたとする:
加熱をやめてから後 $(t>0)$ の物質内の温度分布 $T(\mb{r},t)$ を考える.このとき $P$ 点を $t=0$ の瞬間だけ急熱して $\delta$ 関数形の温度分布 $T_0\delta(\mb{r}-\mb{r}_p)$ を作ったのだとすると, $t<0$ には $T$ は至る所でゼロであった訳であるので, $-\infty<t<\infty$ で有効な $T$ は階段関数 $\theta(t)$ を掛け合わせたものになるはずである.それを次に書くことにしよう:
階段関数を微分すると $\delta$ 関数になることを用いて, 式(16)の左辺の $T$ を $\tilde{G}$ として実行して見ると,
この右辺の $[\ ]$ 内は $t<0$ を含めて常にゼロである.また $t\ne0$ では $\delta(t)=0$ なので, $\delta(t)T(\mb{r},t)=\delta(t)T(\mb{r},0)$ としてよい.従って $\tilde{G}(\mb{r},t)$ は次の方程式を満たすことが分かる:
この式(19)を熱伝導の非斉次方程式(15)と比べて見ると,
という時間的にも空間的にも $\delta$ 関数的な熱の発生源が存在する場合の温度分布を表すのが $\tilde{G}$ であると言える.
そこで熱伝導の方程式(15)に於いて, 熱の発生源 $Q$ を表す右辺の非斉次項が時間・空間の $\delta$ 関数である場合の $T(\mb{r},t)$ を, この方程式の「グリーン関数」と呼び $G$ で表すことにする:
境界条件として, 断熱壁のようなものが存在しないために $|\mb{r}-\mb{r}'|\to\infty$ で $G\to0$ となるようなもの, と言う事にすればその場合のグリーン関数は次である:
境界条件によってグリーン関数の形が違ってくることは, 断熱壁などがあれば温度分布が異なってくることなどから明らかなことである.
グリーン関数が分かると, 式(19)の右辺が一般の関数 $\mathscr{F}$ の場合の $T(\mb{r},t)$ を, それによって表すことが出来る.$\delta$ 関数の性質を用いると,
であるから, 式(20)の両辺に $\mathscr{F}(\mb{r}',t')$ を掛けて $\mb{r}'$ と $t'$ で積分すると, 右辺は $\mathscr{F}(\mb{r},t)$ となり次が得られる:
従って, 次が求める関数になる:
以上は熱伝導について調べたが, これらは物質の拡散にもそのまま当てはまる.その場合, $T$ は物質の濃度を表し, $a$ は「拡散係数」(diffusion coefficient)と呼ばれるものとなる.