ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

電場・磁場中での荷電粒子の運動について

問題 5-1 は, 荷電粒子の場中での運動を利用した質量分析器などの装置を解析する問題である.そこで, その準備知識としてシュポルスキー:「原子物理学」の § 1-9 「荷電粒子の線束の集束と単色化」からの抜粋に加筆と修正を施したものを示しておこう.


§ 9 荷電粒子の線束の収束と単色化

一定速度の粒子の線束を得る方法 (単色化, 速度のふるい分け) と, 荷電粒子線束を集束する方法について論じる.最も簡単な速度のふるい分けは,「ウィーンの変位則」で有名な Wien が用いた方法である.Wien は電子の比電荷 e/m を測定するために, カソードレイに電場と磁場を同時に直交して印加し, 電子が真っ直ぐに進むようにその値を調節できる装置を用いた.それはやがて「ウィーンフィルター」と呼ばれるようになり, 質量分析器の速度分離装置として用いられた.また, カソードレイが直進する条件は「ウィーン条件」と呼ばれている (Wikipedia や津野より).以下でその条件を求めて行こう.下図1 の (a) では, 磁場は紙面に垂直の方向を持ち, 従って正電荷を持つ粒子に対して紙面に平行な力 $e v\mathcal{H}/c$ を及ぼす.同じ紙面内には, 平行板コンデンサ $AB$ の電場からの力 $e\mathcal{E}$ も加わっている.これらの合力 $e v\mathcal{H}/c-e\mathcal{E}$ の下で, 粒子はある曲率半径 $\rho$ を持った曲線運動をする.そのときの運動方程式は, 粒子に働く力を求心力と等しいと置いて次となる: $ \def\ket#1{|#1\rangle} \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} $

\begin{equation} \mfrac{e}{c}v\mathcal{H}-e\mathcal{E}=m\mfrac{v^{2}}{\rho} \label{eq1} \end{equation}

平行板を通り抜けるのは, その速度がちょうど両方の力 $e v\mathcal{H}/c$ と $e\mathcal{E}$が互いに打ち消し合うようになっている粒子だけであることは明らかである:

\begin{equation} \mfrac{e}{c}v\mathcal{H}-e\mathcal{E}=0\qquad\therefore\quad v=c\mfrac{\mathcal{E}}{\mathcal{H}} \label{eq2} \end{equation}

これが「Wien 条件」の式である.式\eqref{eq2} の関係を満たさない速度を持った粒子は, コンデンサの極板に引き寄せられて線束から除かれるか, もしくは少なくとも隔板 $D$ で止められる.その結果, 隔壁板 $D$ の穴を通過する粒子線束は同じ速度を持った粒子だけのものとなり「速度のふるい分け」が実現される.

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図 1. (a) 荷電粒子の速度の篩分け, (b) 円筒蓄電池の放射状電場に於ける荷電粒子の運動

次にもう一つの「速度のふるい分け」の方法として, 円筒コンデンサに於ける放射状の電場の作用を利用するものを見て行こう.円筒コンデンサに入射する電荷 $-e$ を持った粒子を考える ( 図 1 の (b) を参照 ).粒子が邪魔されずにコンデンサを通り抜けるには, 粒子に電場が及ぼす力 $e\mathcal{E}$ が求心力に等しい場合である.すなわち,

\begin{equation} -e\mathcal{E}=\mfrac{mv^{2}}{\rho} \label{eq3} \end{equation}

ただし $\rho$ は曲率半径である.円筒コンデンサに於いては, 場は軸対称性を持っているので,

\begin{equation} \mathcal{E}=-\mfrac{dV}{d\rho} \label{eq4} \end{equation}

従って, 粒子が邪魔されずにコンデンサを通り抜けるための条件は,

\begin{equation} e\mfrac{dV}{d\rho}=\mfrac{mv^{2}}{\rho} \label{eq5} \end{equation}
運動エネルギー $T=m v^{2}/2$ を加速電圧 $V_0$ で表したものから得られる関係式を上式\eqref{eq5}に代入し, 変数の分離を行なうと次を得る:
\begin{equation} T=\mfrac{mv^{2}}{2}=eV_0\to mv^{2}=2eV_0,\quad e\mfrac{dV}{d\rho}=\mfrac{2eV_0}{\rho}\to \mfrac{d\rho}{\rho}=\mfrac{1}{2V_0}dV \label{eq6} \end{equation}
コンデンサの外筒及び内筒の半径を各々 $\rho_2$ 及び $\rho_1$ とし, 外筒の電位を$V_k$, 内筒の電位をゼロに等しいとして, これらの条件下で上式を積分する:
\begin{equation} \int_{\rho_1}^{\rho_2}\mfrac{d\rho}{\rho}=\mfrac{1}{2V_0}\int_0^{V_k}dV \label{eq7} \end{equation}
この積分を実行する.すると, 粒子の運動エネルギーは $T=eV_0$ であったので次が得られる:
\begin{equation} V_k=2V_0\ln \mfrac{\rho_2}{\rho_1}=\mfrac{2T}{e}\ln \mfrac{\rho_2}{\rho_1} =\mfrac{mv^{2}}{e}\ln \mfrac{\rho_2}{\rho_1},\quad\rightarrow\quad v=\sqrt{\mfrac{eV_k}{\ds{m\ln \frac{\rho_2}{\rho_1}}}} \label{eq8} \end{equation}
これがコンデンサを通り抜けられる粒子の速度 $v$ とコンデンサに印加された電圧 $V_k$ との対応関係である.この式から分かるように, コンデンサー電圧 $V_{k}$で選別されるのは 粒子の運動エネルギー $T$ なので,この場合は「速度のふるい分け」というよりは「エネルギーのふるい分け」という方が良いかも知れない.

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図 2. 速度選別器としての円筒コンデンサ.電場の力線は矢印で示されている.右側のグラフでの $n$ は粒子の数, $v$ は粒子速度である.

図 2 には速度選別器としての円筒コンデンサの作用を示す図式が描かれている.スリット $B_1$ を通って, 速度が $v\pm \Delta v$ の範囲にある電子線束が出て来るとすれば, スリット $B_2$ を通るのはもっと狭い範囲 $v\pm\varepsilon$ の中の速度を持った電子であることが見られる.図の右方には, 「ふるい分け」以前の電子の速度分布と「ふるい分け」以降のそれ ( 斜線を施した部分 ) がグラフで示されている.

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図 3. 三角形 SCB は直角三角形であることから $SB=2\rho\cos\alpha$ が言える.

次に, 一定な速度を持った粒子線束を「集束」させる方法について述べる.広がって進む線束を狭い領域に集束させるには, 横方向の一様な磁場の作用を利用する方法が多く用いられる.図 3 のように, 粒子線源が $S$ に在るとし, すべての粒子が同一の $m v/e$ の値で特徴付けられているとしよう.鉛直上方に飛び出した粒子は, 次の運動方程式に従って円運動をする:

\begin{equation} m\mfrac{v^{2}}{\rho}=\mfrac{e}{c}v\mathcal{H}\quad\rightarrow\quad \rho=\mfrac{mcv}{e\mathcal{H}} \label{eq9} \end{equation}
従って, 粒子は直径 $SA=2\rho=2mcv/e\mathcal{H}$ の半円を描く.最初の粒子と角度 $\alpha$ を成す方向に飛び出た任意の他の粒子も同じ半径で円弧を描き, その円弧は直線 $SA$ と点 $B$ で交わる.このとき次式が成り立つことを示すことは容易である:
\begin{equation} AB=2\rho-2\rho\cos \alpha \label{eq10} \end{equation}
ここでもし角度 $\alpha$ が十分に小さいならば, 余弦関数の冪級数展開 $\cos\alpha=1-\alpha^{2}/2+\dotsb$ を利用し, 最初の 2 項のみを取ることで, 次の近似式が得られる:
\begin{equation} AB\approx 2\rho-2\rho\left(1-\mfrac{\alpha^{2}}{2}\right)=\rho\alpha^{2} \label{eq11} \end{equation}
例えば $\rho=5$cm,$\alpha=$ 3° $=0.05$ rad とすると,$AB=1.25\times 10^{-2}$cm となる.そして$S$ から出る際の方向が角度 $\alpha$ の範囲内に在るような粒子は皆, それぞれの弧を描いた後で $A$ と $B$ の間で$SA$ を横切る ( $\alpha<0$ で逆方向に飛び出す場合には横切らないがやはり $B$ 点に至る ) ことは明らかである.よって, 線源 $S$ から広がって出て行く線束は狭い区間 $AB$ に集束した「細いスリット像」を成すであろう.こうして, 横方向の一様な磁場は「線束を集束する円筒レンズ」の作用をする.