ファインマン 物理学の § 29 The Motion of Charges in Electric and Magnetic Fields では, 質量分析 器などの機器の動作原理をやや詳しく述べることで「電磁場内の荷電粒子の運動」を解説している.そこでこの問題の解答は, その文章を利用して考えてみることにしよう.
Problem 5-1
Consider any piece of experimental equipment designed to measure momentum by means of a classical approximation, such as a magnetic field analyzer. Analyze the equipment by the methods outlined in the preceding paragraphs. Show that the same result for the momentum amplitude is obtained.
( 解答 ) 荷電粒子の運動量測定は, 荷電粒子が一様磁場中を進むときにはローレンツ 力によりカーブ (円弧) を描くが, その曲率半径が運動量に比例することを利用して実行できる.粒子速度 $\mathbf{v}$ に垂直な方向を持った一様磁場 $\mathcal{B}$ 中を電荷 $e$ を持った粒子が進むときには, ローレンツ 力は常に $\mathbf{v}$ に垂直であるから, それは速度の方向を変化させるだけで, その大きさは変えない.それ故, 荷電粒子は円周に沿って運動し, その円の曲率半径 $\rho$ はローレンツ 力を求心力と等しいとおくことによって見出される.
従って, 運動量 $p$ はその曲率半径 $\rho$ を用いて, 次のように求めることが出来る:
$
\def\ket#1{|#1\rangle}
\def\bra#1{\langle#1|}
\def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle}
\def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle}
\def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\def\odiff#1{\frac{d}{d #1}}
\def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}}
\def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}}
\def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}}
\def\mb#1{\mathbf{#1}}
\def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}}
\def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}}
$
\begin{equation}
m\mfrac{v^{2}}{\rho}=\mfrac{e}{c}v\mathcal{B},\quad\rightarrow\quad
\rho=\mfrac{c m v}{e\mathcal{B}}=\mfrac{c p}{e\mathcal{B}}\qquad\therefore\quad
p=\mfrac{e}{c}\mathcal{B}\rho
\label{eq1}
\end{equation}
ただし, これは C.G.S. ガウス 単位系を用いた式である.
(図 1) 180°集束の一様場の運動量分析器. 図 (a) 違う運動量, 図 (b) 違う角度. (磁場は図の平面に垂直に掛かっている).
以下の説明は, ファインマン 物理学 IV 第 8 章からの抜粋である ( ただし式はガウス 単位系のものに修正した ).荷電粒子が上図 1 の図 (a) の点 A において一様な磁場に入ったとし, 磁場は垂直であるとする.各粒子はその運動量に比例した半径を持つ円軌道に入る.もし全ての粒子が場の縁に垂直に入るならば, 粒子は Aからの距離 $x=2\rho$ の点 $C$ で磁場から離れるであろう.その距離 $x$は式\eqref{eq1} より運動量 $p$ に比例している. そこで点 C のような場所に計数管を置けば, 運動量 $p=e\mathcal{B}x/2c$ の近くの間隔 $\Delta p$ 中の運動量を持った粒子だけを検出できる.勿論だが, 粒子は計数管に入るまでに 180° 曲げられる必要はない.しかし, 所謂「180°分析器」は特有な性質を持つ.粒子は場の縁に垂直に入って来る必要はない.図 (b) は, 同じ大きさの運動量だが違う角度で場の中へ入った 3 個の粒子の軌道を示している.これらは図のように違った軌道を執るが, C に極めて近い点で場を離れることが分かる.つまり「焦点」があるわけである.このように焦点を結ぶ性質は「A に於ける大きな角度を許す」という利点を持つ.大きな許容角は一定時間に多数の粒子が数えられ, 一定の測定を行うのに要する時間を短く出来ることを意味する.磁場の強さを変えるか, 計数管を $x$ に沿ってずらすか, あるいは多数の計数管を並べて $x$ のある範囲を覆うかすれば, 入ってくる粒子線の「運動量スペクトル」$f(p)$ が測定出来る.ただし $f(p)$ は運動量の大きさが $p$ と $p+dp$ との間にある粒子の数が $f(p)dp$ であることを意味する.そこで $z$-方向の一定磁場が掛かった場合を考え, 次の図 2 のように座標軸を設定し, 問題 3-10 の式 (3-64) を核として用いることで, 式 (5-9) から $\psi(x_2,t_2)$ を求めてみよう.さらに式 (5-1) から式 (5-5) までと全く同様な手順に従って $\psi(x_2,t_2)$ から運動量振幅 $\phi(p_2)$ を求めてみよう.
(図 2) 180°集束の一様場の運動量分析器に於ける座標軸の設定
式 (3.64) の核を問題文に合わせて次としよう:
\begin{equation}
K(2,1)=A\mfrac{\alpha}{\sin\alpha}\exp\left[\mfrac{im}{2\hbar}\left\{\mfrac{(z_2-z_1)^{2}}{T}
+\mfrac{\omega}{2}\cot\alpha\left[(x_2-x_1)^{2}+(y_2-y_1)^{2}\right]+\omega(x_1y_2-x_2y_1)\right\}\right]
\label{eq2}
\end{equation}
ただし $A$, $\alpha$, $T$, $\omega$ そして運動量 $p$ は次である:
\begin{equation}
A=\left(\mfrac{m}{2\pi i\hbar T}\right)^{3/2},\quad \alpha=\mfrac{\omega T}{2},\quad
T=t_2-t_1,\quad \omega=\mfrac{e\mathcal{B}}{mc},\quad p=\mfrac{e\mathcal{B}}{c}\rho=m\omega\rho
\label{eq3}
\end{equation}
問題文の仮定から $z_2=z_1$, $y_2=y_1$ であり $x_2-x_1=2\rho$ である.そして 180° 集束器だから $\omega T=\pi$ として$\alpha=\pi/2\mp \varepsilon$ と出来るであろう.ただし $\varepsilon$ は入射粒子の持つ運動量の許容角に相当する角度とする.すると$\sin\alpha\approx 1$, $\cot\alpha=\cot(\pi/2\mp \varepsilon)=\pm\tan\varepsilon \approx \pm \varepsilon$ と近似できるから,
\begin{align}
K(2,1)&\approx A\alpha\exp\left[\mfrac{im}{2\hbar}\left\{\mfrac{\omega}{2}\cot(\alpha)(x_2-x_1)^{2}-\omega y_1(x_2-x_1)\right\}\right]\notag\\
&=A\alpha\exp\left[\mfrac{im}{2\hbar}\left\{\mfrac{\omega}{2}(\pm\varepsilon)4\rho^{2}-2\rho\omega y_1\right\}\right]
=A\alpha\exp\left(\pm\mfrac{i m\rho^{2}\omega}{\hbar}\varepsilon\right)\exp\left(-\mfrac{im\rho\omega}{\hbar}y_1\right)
\label{eq4}
\end{align}
このとき, 量 $L_z=-m\rho^{2}\omega$ は, 荷電粒子の「 $z$ 方向の角運動量 」になっている.また 図 2 のような座標では $y_1=y_2$であり, かつ運動量 $\mb{p}_1$ と $\mb{p}_2$ は逆向きで大きさは同じ $y$ 成分のみの値 $p$ である.
さらに $\overrightarrow{AC}=\mb{R}$ とすると, 運動量 $\mb{p}_1$ はこのベクトル $\mb{R}$ と明らかに直交し $\mb{p}_1\cdot\mb{R}=0$ であるから次が言える:
\begin{equation*}
\mb{p}_2 \cdot \mb{r}_2 =\mb{p}_2 \cdot (\mb{r}_1+\mb{R})=\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\quad\therefore\quad
\mb{p}_1\cdot\mb{r}_1=\mb{p}_2\cdot\mb{r}_2=\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1
\end{equation*}
よって,
\begin{equation}
K(2,1)=A\alpha\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_1\cdot\mb{r}_1\right)
=A\alpha\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\right)
\label{eq5}
\end{equation}
このとき因子 $\exp\{-i L_z(\mp\varepsilon)/\hbar\}$ は, 粒子の状態ベクトル を $z$-軸の周りに有限角度 $\mp\varepsilon$ だけ回転させる「回転演算子 $\mathcal{D}_z(\mp\varepsilon)$」であることに注意すべし.
この核 $K(2,1)$ と式 (5-9) から $\psi(\mb{r}_2,T)$ は次式に書ける:
\begin{align}
\psi(\mb{r}_2,T)&=\int_{-\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,K(2,1)\,f(\mb{r}_1)
=A\alpha\int_{-\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}
\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_1\cdot\mb{r}_1\right)\,f(\mb{r}_1)\notag\\
&=A\alpha\int_{-\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}
\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\right)\,f(\mb{r}_1)
\label{eq6}
\end{align}
この振幅の絶対値の二乗 $|\psi(\mb{r}_2,T)|^{2}$ は, 粒子が $\mb{r}_2$ と $\mb{r}_2+d\mb{r}_2$ の間に存在する確率を与える.定義からそれは運動量が $\mb{p}_2$ と $\mb{p}_2+d\mb{p}_2$ の間に存在する確率に一致するべきである:
\begin{align}
P(\mb{r}_2)\,d\mb{r}_2&=\left|A\alpha\int_{-\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}
\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\right)\,f(\mb{r}_1)\,\right|^{2}\,d\mb{r}_2\notag\\
&=\Bigl|A\alpha\Bigr|^{2}\,d\mb{r}_2\,\left|\int_{-\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\} \exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\right)\,f(\mb{r}_1)\,\right|^{2}\notag\\
&=P(\mb{p}_2)\,d\mb{p}_2=\mfrac{d\mb{p}_2}{(2\pi\hbar)^{3}}\left|\phi(\mb{p}_2)\right|^{2}
\label{eq7}
\end{align}
次に $p=m\omega\rho$ の関係を 3 次元的に翻訳して $d\mb{r}_2$ と $d\mb{p}_2$ の関係を考えて行こう.
座標原点を$O=(x_1,y_1-\rho,0)$ としてみる.このとき $z$ 方向は明らかに自由粒子 的である.そして $\mb{r}=(x,y,z)=\mb{r}_2$
また $\mb{p}=\dot{\mb{r}}=(p_x,p_y,p_z)=\mb{p}_2$ とするならば, $x_2=2\rho$, $y_2=2\rho$ として,
\begin{align}
&p_x=m\omega\rho=m\omega\mfrac{x_2}{2}=\mfrac{m}{T}\mfrac{\omega T}{2}x_2=\mfrac{m}{T}\alpha x_2,
\quad p_y=\mfrac{m}{T}\alpha y_2,\quad p_z=\mfrac{m}{T}z_2\notag\\
&\rightarrow\quad dp_x=\mfrac{m\alpha}{T}dx_2,\quad dp_y=\mfrac{m\alpha}{T}dy_2,\quad dp_z=\mfrac{m}{T}dz_2
\label{eq8}
\end{align}
よって,
\begin{equation}
d\mb{p}_2=dp_xdp_ydp_z=\mfrac{m\alpha}{T}\cdot\mfrac{m\alpha}{T}\cdot\mfrac{m}{T}dx_2dy_2dz_2
=\mfrac{m^{3}\alpha^{2}}{T^{3}}d\mb{r}_2,\ \rightarrow\ d\mb{r}_2=\mfrac{T^{3}}{m^{3}\alpha^{2}}d\mb{p}_2
\label{eq9}
\end{equation}
従って,
\begin{equation}
\Bigl|A\alpha\Bigr|^{2}d\mb{r}_2=|A|^{2}\alpha^{2}d\mb{r}_2=\left(\mfrac{m}{2\pi\hbar T}\right)^{3}\alpha^{2}
\times\mfrac{T^{3}}{m^{3}\alpha^{2}}d\mb{p}_2=\mfrac{d\mb{p}_2}{(2\pi\hbar)^{3}}
\label{eq10}
\end{equation}
よって式\eqref{eq7} は次に書ける:
\begin{align}
P(\mb{p}_2)\,d\mb{p}_2&=\mfrac{d\mb{p}_2}{(2\pi\hbar)^{3}}
\left|\int_{\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}
\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\right)\,f(\mb{r}_1)\,\right|^{2}\notag\\
&=\mfrac{d\mb{p}_2}{(2\pi\hbar)^{3}}\left|\phi(\mb{p}_2)\right|^{2}
\label{eq11}
\end{align}
以上から, この場合の運動量振幅 $\phi(\mb{p}_2)$ は次であると言える:
\begin{equation}
\phi(\mb{p}_2)=\int_{-\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}
\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\right)\,f(\mb{r}_1)
\label{eq12}
\end{equation}
これを式 (5-6) と比較するならば, 次の位相因子だけが余分に付加することが分かる:
\begin{equation}
\exp\bigl(i\delta\bigr)=\mathcal{D}_z(\mp\varepsilon)=\exp\left\{-\mfrac{iL_z}{\hbar}(\mp\varepsilon)\right\}
\label{eq13}
\end{equation}
この位相因子が付加したのは, 粒子が入射する際に, ある程度の運動量の許容角度 $\theta=\mp\varepsilon$ を与えたためである.この位相因子は,「出発点 $A$ を通る $z$-軸を中心として, 粒子の状態ベクトル を微小回転させる演算子 $\mathcal{D}_z(\mp\varepsilon)$ に相当している」と言える.しかし前述のようにこの装置には粒子線束の集束作用があるので, 出発点で粒子線に多少の広がりが有っても点 $C$ の近傍に集束して到着する.そこで, 式 (5-5) の場合と同様に「この位相因子すなわち粒子線束の広がりを表現する回転演算子 は微小であるとして無視する」ならば, 結果式 (12) は式 (5-6)と同形の振幅となると言える:
\begin{equation}
\phi(\mb{p}_2)=\int_{-\infty}^{\infty}d\mb{r}_1\,\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\mb{p}_2\cdot\mb{r}_1\right)\,f(\mb{r}_1)
\label{eq14}
\end{equation}