ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

EPRパラドックスの原論文

ブログを書くための参考書を借りようと図書館へ行った際に, V. J. ステンガー著「宇宙に心はあるか」という本が目に入り, これもついでに借りて来て読んでみた.すると, この本には題名からは予想しなかった " 量子力学の解釈問題についての現状と展望とが明快に提示されている " (訳者の前書きより) のであった.今までは所謂「コペンハーゲン解釈」や「多世界解釈」しか知らなかったので, 非常に面白く読むことが出来た.またその中には, 解釈問題に関連して「ベルの定理」についても書かれていた.J. J. Sakurai にも § 3.9 で「ベルの不等式」の言及があり, 一通りは目を通したが良くは分からなかった.そこできちんと理解するために, ブログを書きながら再チャレンジしてみようと思う.まずは, J. S. Bell が論文を書くきっかけになった「A. アインシュタイン, B. ポドルスキー, N. ローゼン の論文」の原文をノート的に翻訳してみることにしよう.


物理的実在についての量子力学的記述は完全であると考えられるであろうか.

$\text{A. EINSTEIN},\ $ $\text{B. PODOLSKY},\ $ $\text{and N. ROSEN}$,

Institute for Advanced Study, Princeton, New Jersey

(Received March 25, 1935)

完全な理論に於いては, 実在の要素の各々にそれに相当した要素が存在している.物理量の実在についての十分条件は系を乱すことなく確実にそれを予言することが出来ることである.量子力学に於ける交換しない演算子で記述される2つの物理量の場合では, 一方を知ると他方を知ることは妨げられる(preclude).したがって,(1) 量子力学波動関数によって与えられる実在の記述は完全ではない, かまたは (2) それらの2量は同時に実在することは不可能である, の何かであるはずである.ある系に関する予言を, それと以前に相互作用した他の系で行われる測定を基にして行う問題について考察すると, もし (1) が偽であるならば (2) もまた偽であるという結論に至る.従って, 波動関数で与えられる実在の記述は完全ではないという結論に至る.

1. 本格的な物理理論であるためには, どのような理論にも依存しない「客観的実在objective reality と, 理論が扱う「物理的概念physical concept とをはっきり区別することが考慮されているべきである.「物理概念」が意図するのは「客観的実在」との一致であり, それらの概念によって我々はその実在を想像する.

物理理論が成功したかどうかを判断するには, 我々は2つの問いを自問することで行えるであろう.すなわち, (1)「その理論は正しいか?」, そして (2)「その理論で与えられた記述 description は完全であるか?」である.理論がこの両方の質問に明確な答えを与える場合にのみ, その理論の概念は満足できるものと言える.理論が正しいことは, その理論の結論と人間の経験との間の一致の度合で判定される.我々が「実在reality について推論することが出来るのは, この経験からだけだからである.そして物理的経験は, 実験と測定の形を取る (take the form of).ここでは, (2)の方の問いを量子力学に適用した場合を考察して行く.

「完全」という術語に当てがわれる意味がどのようなものであろうと, 「完全な理論」に対しては次のことが要求されるべきであると思われる.すなわち,「物理的実在のどの要素にも, それに対応するものが物理理論には存在していなければならない」( every element of the physical reality must have a counterpart in the physical theory ) という要求である.これを「完全性の条件」と呼ぶことにする.従って,「何が物理的実在の要素であるか」が決定できるなら, すぐさま容易に (2) の問い, すなわち理論の記述は完全か, に答えられることになる.

物理的実在の要素は,「先験的な ( a priori ) 哲学的考察」により決定できるものではなく, 実験と測定の結果に訴えることで見い出されるべきである.しかしながら,「実在を理解するための定義」(comprehensive definition of reality) は我々の目的には不要である.我々は, 理に叶っていると考えられる次の『基準・尺度』criterion を以って満足することにしよう:

もし系にどのような擾乱も起こすことなく物理量の値を確実に(即ち1の確率で)予言することが出来るならば, その物理量に相当する物理的実在の要素は存在する.

この尺度は, 物理的実在を認識するために考えられる全ての方法を言い尽くしているとは到底言えないけれども, そこで設定された条件が満たされたときには, 少なくともそのような方法の一つを与えているように思われる.必要条件ではなく単なる十分条件として考えるならば, この尺度は, 実在についての量子力学的概念だけでなく, その古典的概念とも一致している.

関係する概念を説明するために, 1 次元の自由度だけを持つ 1 粒子の振舞いの量子力学的記述を考えて見よう.理論の基本的な概念は「状態state の概念である.状態は波動関数 $\psi$, それは粒子の振舞いを記述するために選らばれた変数の関数である, によって完全に描写されると考える.物理的に観測可能な量 $A$ の各々には, それに相当する演算子が存在する.それは同じ文字で指定 (designate) してよいであろう.

$\psi$ は演算子 $A$ の固有関数であると, すなわち, 次が言えるとする: $ \def\ket#1{|#1\rangle} \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} $

\begin{equation} \psi'\equiv A\psi = a\psi \label{eqn1} \end{equation}
ただし $a$ は数値である.すると粒子が $\psi$ で与えられる状態にある時はいつでも, 物理量 $A$ は確実に値 $a$ を持つ.従って, 我々の「実在の基準・尺度」に従うならば, 式\eqref{eqn1} を満たす $\psi$ で与えられる状態の粒子には, 物理量 $A$ に相当した物理的実在の要素が存在することになる.例えば, その状態の波動関数を次としよう:
\begin{equation} \psi =\exp\left(i\mfrac{p_0}{\hbar}x\right), \label{eqn2} \end{equation}
ただし $\hbar$ はプランク定数,$p_0$ はある一定な数値, そして $x$ は独立変数である.粒子の運動量 $p$ に相当する演算子は,
\begin{equation} P=-i\hbar\pdiff{x} \label{eqn3} \end{equation}
なので, 次式を得る:
\begin{equation} \psi'=P\psi=-i\hbar\ppdiff{\psi}{x}=-i\hbar\times i\mfrac{p_0}{\hbar}\exp\left(i\mfrac{p_0}{\hbar} x\right)=p_0\exp\left(i\mfrac{p_0}{\hbar}x\right)=p_0\psi \label{eqn4} \end{equation}
従って, 式\eqref{eqn2} で与えられる状態に於いては, 運動量は確実に値 $p_0$ を持つと言える.よって, これは「式(2) の状態 $\psi$ では, 粒子が持っている運動量は実在である」ことを意味している.

他方, もし式(1) が成り立たないならば, もはや物理量 $A$ が特定な値を持つとは言えない.この事例は, 例えば, 粒子の座標 $x$ である.それに相当する演算子, それを $Q$ としよう, は独立変数 (粒子座標 $x$) を掛け合わせるという演算子である.従って,

\begin{equation} Q\psi=x\psi\ne a\psi \label{eqn5} \end{equation}
量子力学に従うならば, 粒子の座標 $x$ を測定した場合に, その値が $a$ と $b$ の間に在る相対確率 $P(a,b)$ は次式で与えられると言える:
\begin{equation} P(a,b)=\int_a^{b} \bar{\psi}\psi\,dx=\int_a^{b} dx =b-a \label{eqn6} \end{equation}
この確率は, $a$ ではなく差 $b-a$ のみに依存する.従って「全ての座標値が同様に確からしい」ことが分かる.

従って, 式\eqref{eqn2} で与えられる状態の粒子の場合, 座標の特定値を予想することは不可能であり, 粒子の座標を得るには直接測定してみるしかない.どのような測定であっても, それは粒子を撹乱し, 従ってその状態を変えてしまう.座標が決定された後では, 粒子はもはや式\eqref{eqn2} で与えられる状態ではない.量子力学によれば, これにより為される通常の結論は次となる:「粒子の運動量が既知ならば, その粒子の座標の方は決して物理的実在ではあり得ない」.より一般的に言えば, 量子力学で示されるのは「もし2つの物理量, 例えば $A$ と $B$ が交換しない, すなわち $AB\ne BA$ ならば, それらの一方の正確な知識を得ると, 他方のそのような知識を得ることは妨げられる」ということである.さらに, 後者を実験的に決定するどんな試みも系の状態を変えてしまい, 前者の知識を壊してしまうであろう.

これより, (1) 波動関数で与えられる量子力学的な実在の記述は完全ではない」, または (2) 「2つの物理量に相当する演算子が交換しない場合, その2つの物理量が同時に実在することは不可能である」 の何れかが言えることになる. なぜなら, もし2つの物理量が同時に実在するならば, 従ってそれらが特定な値を持つならば, 「完全性の条件」から, それらの値は完全な物理理論の記述中に現れた (存在した) はずだからである.よって, もし波動関数がそのような実在の完全な記述を提供するとするならば, それはこれらの値を含んでいたはずである.すなわち, その場合それらの値は予測可能のはずである.しかしそうではない (座標の方は予想できない) のであるから, 我々に残された選択肢はもう一つの言明すなわち (2) の方となる.( For if both of them had simultaneous reality -- and thus definite values -- these values would enter into the complete description, according to the condition of completeness. If then the wave function provided such a complete description of reality, it would contain these values; these would then be predictable. This not being the case, we are left with the alternative stated. )

量子力学では, 通常「波動関数は,それが表わす状態に於ける系の物理的実在の完全な記述をまさに含んでいる ! 」と仮定する.一見すると, この仮定は完全に合理的である.何故なら, 波動関数から得られる情報はまさに「系の状態を乱すことなく測定できる事柄」に相当していると思われるからである.しかしながら,『上述で与えられた「実在の基準・尺度」と「この仮定」を一緒にすると矛盾が起こる』ことを次章で示そうと思う.

2. その目的のために, 2 つの系, 系 I と系 II が存在すると仮定し, それらは時間 $t=0$ から $t=T$ まで相互作用することが許されるが, それ以降では 2 つの部分間の相互作用は全く無いとする.さらに,「$t=0$ より以前の 2 つの系の状態は分かっている」と仮定する.するとシュレディンガー方程式の助けを借りて, その後の結合系 I $+$ II の状態, 特に $t>T$ の任意な時刻での状態を計算することが可能である.その状態に相当する波動関数を $\Psi$ と呼称する (designate) ことにしよう.しかしながら, 相互作用の後に残こされた 2 系のうち, 何れか一方の状態は計算することが出来ない.量子力学によると, その状態を知るには, 更なる測定を行って「波束の収縮reduction of the wave packet として知られる過程の助けを借りるしかない.この過程の本質を以下で考察してみよう.

系 I に付随 (pertain) した「ある物理量 $A$」の固有値を $a_1$, $a_2$, $a_3$, $\dotsb$ とし, それに相当する固有関数を$u_1(x_1)$, $u_2(x_1)$, $u_3(x_1)$, $\dotsb$ としよう.ただし $x_1$ は, 系 I を記述するのに用いた変数であることを意味している (stand for).すると $x_1$ の関数であると見做せる $\Psi$ は, 次のように表現することが出来る:

\begin{equation} \Psi(x_1,x_2)=\sum_{n=1}^{\infty} \psi_n(x_2)u_n(x_1), \label{eqn7} \end{equation}
ただし $x_2$ は系 II を記述するのに用いた変数であることを意味している.このときの $\psi_n(x_2)$ は, $\Psi$ を直交関数系 $u_n(x_1)$ で級数展開したときの展開係数に過ぎないと見做せる.さてここで, 量 $A$ を測定しその値が $a_k$ であったとしよう.すると, 測定後では, 系 I は波動関数 $u_k(x_1)$ で与えられる状態のままに, そして系 II は波動関数 $\psi_k(x_2)$ で与えられる状態のままとなる.これは「波束の収縮」の過程である.すなわち無限級数 (7) で与えられる波束は, 1 つの項 $\psi_k(x_2) u_k(x_1)$ に収縮する (be reduced).

関数 $u_n(x_1)$ の集合は, 物理量 $A$ に何を選ぶかによって決まる.$A$ の代りに別の物理量, 例えば固有値が $b_1$, $b_2$, $b_3$, $\dotsb$ で固有関数が $v_1(x_1)$, $v_2(x_1)$, $v_3(x_1)$, $\dotsb$ を持つ量 $B$ を選んだとしたら, 展開は式 (7)でなく次となったであろう:

\begin{equation} \Psi(x_1,x_2)=\sum_{s=1}^{\infty} \phi_s(x_2)v_s(x_1), \label{eqn8} \end{equation}
ただし $\phi_s$ たちは新しい展開係数である.さてここで, もし物理量 $B$ が測定されて値が $b_r$ であることが分かったならば, 我々は「測定の後で系 I は $v_r(x_1)$ で与えられる状態に, そして系 II は $\phi_r(x_2)$ で与えられる状態にある」と結論する.

従って, 異なる 2 つの測定が系 I になされた結果, 「系 II は異なる 2 種類の波動関数を持った状態になり得る」ことが分かる.他方, 測定が行われる時刻ではもう 2 つの系が相互作用することは決してないのであるから, 系 I でどのような事が為されても, 系 II で実在の変化が起こることは有り得ない.勿論だが, これは単に「2 つの系の間の相互作用が存在しない」とはどういう意味なのかを述べているに過ぎない.従って次が言えことになる:

同じ実在に 2 つの異なる波動関数を当てはめることが出来る」.今の例で言えば, 系 I と相互作用した後の系 II には, $\psi_k(x_2)$ と$\phi_r(x_2)$ の 2 つを当てはめることが出来る.

観測 系 I 系 II
物理量 A の場合 u_k(x_1) \psi_k(x_2)
物理量 B の場合 v_r(x_1) \phi_r(x_2)

さてここで, この 2 つの波動関数 $\psi_k$ と $\phi_r$ は, 各々がある物理量 $P$ と $Q$ に相当する 2 つの不可換な演算子の固有関数であることも起こり得る.このことが実際にあることを示すには, そのような例を提示するのが最良であろう.そこで 2 つの系が 2 つの粒子で, これらの結合系である 2 粒子系の波動関数は次であると仮定しよう:

\begin{equation} \Psi(x_1,x_2)=\int_{-\infty}^{\infty} dp\,\exp\left\{\mfrac{i p}{\hbar}(x_1-x_2+x_0)\right\} \label{eqn9} \end{equation}

ただし $x_0$ はある定数である.粒子 I の運動量 $P$ を物理量 $A$ としよう.すると式 (4) で調べたように, その固有値 $p$ に相当する固有関数は次となるであろう:

\begin{equation} u_p(x_1)=\exp\left(\frac{i p}{\hbar}x_1\right) \label{eqn10} \end{equation}

ここでは連続的なスペクトルの場合であるので, 式 (7) はこの場合, 和を積分に置き換えて次のようになるであろう:

\begin{align} \Psi(x_1,x_2)&=\int_{-\infty}^{\infty} dp\,\exp\left\{\frac{i p}{\hbar}(x_1-x_2+x_0)\right\} =\int dp\,\exp\left\{\frac{i p}{\hbar}(-x_2+x_0)\right\} \exp\left(\frac{i p}{\hbar}x_1\right)\notag\\ &\equiv \int_{-\infty}^{\infty} dp\,\psi_p(x_2)u_p(x_1) \label{eqn11} \end{align}

ただし,

\begin{equation} \psi_p(x_2) =\exp\left\{i\mfrac{p}{\hbar}(-x_2+x_0)\right\} =\exp\left\{-i\mfrac{p}{\hbar}(x_2-x_0)\right\} \label{eqn12} \end{equation}

しかしながら $\psi_p$は, 次の粒子 II の運動量演算子

\begin{equation} P=\frac{\hbar}{i}\pdiff{x_2}, \label{eqn13} \end{equation}

固有値 $-p$ に相当する固有関数である.なぜなら,

\begin{align*} A\psi_p(x_2)=P\psi_p(x_2)&=\mfrac{\hbar}{i}\pdiff{x_2}\exp\left\{-i\mfrac{p}{\hbar}(x_2-x_0)\right\} =\mfrac{\hbar}{i}\left(-i\mfrac{p}{\hbar}\right)\exp\left\{-i\mfrac{p}{\hbar}(x_2-x_0)\right\}\\ &=-p\,\psi_p(x_2) \end{align*}

他方, もし物理量 $B$ が粒子 I の座標 $x_1$ であるならば, それは固有値 $x$ に相当する固有関数として次を持つ:

\begin{equation} v_x(x_1)=\delta(x_1-x), \label{eqn14} \end{equation}

ただし $\delta(x_1-x)$ はよく知られた Diracデルタ関数である.なぜなら,

\begin{equation*} Bv_x(x_1)= x_1 v_x(x_1)=x_1\delta(x_1-x)=x\delta(x_1-x)=x\,v_x(x_1),\quad \therefore\quad x_1 v_x(x_1)=x\,v_x(x_1) \end{equation*}

この場合も位置座標 $x$ は連続量なので, 式 (8) に相当する式は, 和を積分に置き換えて次とする:

\begin{equation} \Psi(x_1,x_2)=\int_{-\infty}^{\infty} dx\,\phi_x(x_2)v_x(x_1) \label{eqn15} \end{equation}

ただし,

\begin{equation} \phi_x(x_2)=\int_{-\infty}^{\infty} dp\,\exp\left\{\frac{ip}{\hbar}(x-x_2+x_0)\right\} =2\pi\hbar\,\delta(x-x_2+x_0) \label{eqn16} \end{equation}

なぜなら,

\begin{align*} \Psi(x_1,x_2)&=\int_{-\infty}^{\infty} dx\,\underline{\phi_x(x_2)}\,v_x(x_1) =\int_{-\infty}^{\infty} dx\,\phi_x(x_2)\delta(x_1-x)=\phi_{x_1}(x_2),\\ &=\int dx\,\underline{2\pi\hbar\,\delta(x-x_2+x_0)}\,v_x(x_1)=2\pi\hbar\,v_{x_2-x_0}(x_1) =2\pi\hbar\,\delta(x_1-x_2+x_0)=\phi_{x_1}(x_2),\\ \therefore\quad \phi_x(x_2)&=2\pi\hbar\,\delta(x-x_2+x_0) \end{align*}

この $\phi_x$ は次の演算子 $Q$ すなわち粒子 II の座標 $x_2$ の固有関数で, その固有値が $x+x_0$ のものに相当する:

\begin{equation} Q=x_2 \label{eqn17} \end{equation}

なぜなら, デルタ関数の性質:$\delta(-x)=\delta(x)$ を用いて, 次が言えるからである:

\begin{align*} Q\phi_x(x_2)&=x_2\phi_x(x_2)=x_2\,2\pi\hbar\,\delta(x-x_2+x_0) =x_2 2\pi\hbar\,\delta(x_2-x-x_0)\\ &=(x+x_0)\,2\pi\hbar\,\delta(x-x_2+x_0) =(x+x_0)\,\phi_x(x_2) \end{align*}

このとき,

\begin{equation*} (PQ-QP)\Psi=\left(\frac{\hbar}{i}\pdiff{x_2}x_2-x_2\frac{\hbar}{i}\pdiff{x_2}\right)\Psi=\frac{\hbar}{i}\ppdiff{x_2}{x_2}\Psi +x_2\frac{i}{\hbar}\ppdiff{\Psi}{x_2} -x_2\frac{\hbar}{i}\ppdiff{\Psi}{x_2} =\frac{i}{\hbar}\Psi\notag \end{equation*}

であるから, 次の交換関係が成り立つと言える:

\begin{equation} PQ-QP=\frac{\hbar}{i}=-i\hbar \label{eqn18} \end{equation}

よって, 一般的に $\psi_k$ と$\phi_r$ は,「2 つの物理量に相当する不可換な演算子の固有関数」となり得る.

さてそこで, 式 (7) と式 (8) に於いて熟考した一般的な場合に戻ると, 当然ながら $\psi_k$ と $\phi_r$ はまさに不可換な演算子 $P$ と $Q$ の固有関数であり, それらは各々固有値 $p_k$ と $q_r$ に相当すると仮定される.従って $A$ か $B$ のどちらかを測定すると, 我々は系 II を何ら乱すことなく, 量 $P$ の値 (すなわち $p_k$ ) か量 $Q$ (すなわち $q_r$ ) のどちらかを, 確信を持って予言する立場にある.我々の「実在の基準・尺度」に従うと, 最初の場合は量 $P$ を実在の要素と見做すべきであり, 2番目の場合では量 $Q$ が実在の要素であるべきである.しかし前に調べたこと, すなわち式 (7) から式 (8) の終わりで得た結論から, 両者の波動関数 $\psi_k$ と $\phi_r$ は「同じ実在に属する」ものとしてよい.

以前, 我々は (1) 波動関数によって与えられる実在の量子力学的記述は完全ではないか, または (2) 2 つの物理量に相当する演算子が交換しない場合の 2 つの量は同時に実在することは出来ないか, の何れかが成り立つことを証明した.しかし先程では「波動関数は物理的実在の完全な記述を与える」という仮定から議論を始めると,「交換しない演算子である 2 つの物理量は同時に実在できる」という結論に至った.要するに, (1) を否定すると他の唯一の選択肢である (2) の否定となったのである.従って, 我々は「波動関数によって与えられる物理的実在の量子力学的記述は完全ではない !」と結論せざるを得ない.[ Starting then with the assumption that the wave function does give a complete description of the physical reality, we arrived at the conclusion that two physical quantities, with noncommuting operators, can have simultaneous reality. Thus the negation of (1) leads to the negation of the only other alternative (2). We are thus forced to conclude that the quantum-mechanical description of physical reality given by wave functions is not complete.]

『我々の「実在の基準・尺度」は十分な制限性を持っていない』という理由から (on the ground), この結論に反対する者がいるかもしれない.『2 つまたはそれ以上の物理量が「同時に実在する要素」と見做すことが出来るのは, それらが同時に測定出来るか予想出来る場合のみである』と主張するとしたら, 確かに我々の結論には到達できなかったであろう.この観点に立つならば, 量$P$ と $Q$ を予言できるのは同時に両方ではなくて何れか一方のみなので, これらの量 $P$ と $Q$ は「同時的な実在」とは言えない.このことは, 量 $P$ と $Q$ の実在を「どんな乱れも系 II には及ぼさない系 I で行われる測定過程」に依存させることになる.理に叶った「実在の定義」で, これを可能とするものは期待できないであろう.

このように「波動関数は物理的実在の完全な記述を提供しないこと」を示したが,「完全な記述というものは存在するのだろうか ? 」といった問題は, まだ未解決のままである.しかしながら, 我々はそのような理論は可能であると信じている.


( 参考 ) いわゆる「量子もつれ」の議論や実験は今も盛んになされているらしいが, それらは専ら素粒子のスピンや光の偏光状態を用いたものになっているようだ.しかしそのきっかけとなった原論文では, 上述のように " 位置 $x$ と運動量 $p$ の測定問題を用いて議論されたのである.これをスピン $1/2$ の複合系を使って説明することは, D. Bohm が始めたことである " ( J.J. Sakurai の注釈より ) らしい.

この原文は英語で書かれており, 論文はインターネットで PDF ファイルとして簡単に読むことが出来る.また, この論文の和訳は, 共立出版:「アインシュタイン選集 I 」の中に収められている.余計な怪しい補足の無い「きちんとした訳」を読みたい方はぜひそちらをお読み下さい.