この記事はJ.J.Sakurai :「現代の量子力学」第7章からの抜粋である.
散乱理論
時間を含まない散乱過程の理論
ハミルトニアンが次式のように表せると仮定する:
$$
\def\mb#1{\mathbf{#1}}
\def\ket#1{\left|#1\right\rangle}
\def\bra#1{\left\langle#1\right|}
\def\BK#1#2{\left\langle #1\left|#2\right\rangle\right.}
\def\BraKet#1#2#3{\left\langle #1 \left|#2\right|#3\right\rangle}
H=H_0+V,\quad\text{where}\quad H_0=\frac{\mb{p}^{2}}{2m}
\tag{1}
$$
ただし $H_0$ は運動エネルギー演算子である.散乱体が無ければ $V$ はゼロであり, エネルギー固有状態はちょうど自由粒子状態 すなわち運動量固有状態 $\ket{\mb{p}}$ である.もし散乱過程が弾性的である, すなわちエネルギー変化が無いならば, $V=0$ の場合と同じエネルギー固有値を持つ全ハミルトニアンに対するシュレディンガー方程式の解を求めれば良い.それを具体的に $\ket{\phi}$ としよう:
$$
H_0\ket{\phi}=E\ket{\phi}
\tag{2}
$$
解きたいシュレディンガー方程式は次である:
$$
(H_0+V)\ket{\psi}=E\ket{\psi}
\tag{3}
$$
$H_0$ も $H_0+V$ も連続的エネルギースペクトルを示す.求めるべき上式の解は $V\to0$ のとき $\ket{\psi}\to\ket{\phi}$ となるもので, 次であればよい:
\begin{equation*}
\ket{\psi^{(\pm)}}=\ket{\phi}+\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}V\ket{\psi^{(\pm)}}
\tag{4}
\end{equation*}
これは「リップマン-シュインガー方程式」と呼ばれ, 特別な表示に依らないケット方程式である.これに位置基底ブラ $\bra{\mb{x}}$ を左から掛けると次が得られる:
\begin{align*}
&\BK{\mb{x}}{\psi^{(\pm)}}=\BK{\mb{x}}{\phi}
+\int d^{3}x'\,\BraKet{\mb{x}}{\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}V}{\mb{x}^{'}}\bra{\mb{x}^{'}}V\ket{\psi^{(\pm)}}
\tag{5}
\end{align*}
未知のケット $\ket{\psi^{(\pm)}}$ が積分記号下に入っているので, これは散乱過程に対する「積分方程式」である.
他方, リップマン・シュインガー方程式を運動量基底を用いて表すならば次となる:
\begin{equation*}
\BK{\mb{p}}{\psi^{(\pm)}}=\BK{\mb{p}}{\phi}+\frac{1}{E-(p^{2}/2m)\pm i\varepsilon}
\BraKet{\mb{p}}{V}{\psi^{(\pm)}}
\tag{6}
\end{equation*}
式(5)を検討する.それには次で定義される積分方程式の核を計算する必要がある:
\begin{align*}
&G_{\pm}(\mb{x},\mb{x}')\equiv \frac{\hbar^{2}}{2m}\BraKet{\mb{x}}{\frac{1}{E-H_0\pm i\varepsilon}}{\mb{x}'}
\tag{7}\\
&\rightarrow\quad \psi^{(\pm)}(\mb{x})=\phi(\mb{x})+\frac{2m}{\hbar^{2}}\int d^{3}x'\,G_{\pm}(\mb{x},\mb{x}')\,\bra{\mb{x}^{'}}V\ket{\psi^{(\pm)}}
\tag{5'}
\end{align*}
この $G_{\pm}$ は として, 次で与えらえる(これの導出は原書を参照のこと):
\begin{equation*}
G_{\pm}(\mb{x},\mb{x}')=-\frac{1}{4\pi}\frac{e^{\pm ik|\mb{x}-\mb{x}'|}}{|\mb{x}-\mb{x}'|}
\tag{8}
\end{equation*}
この $G_{\pm}$ は, 次の「ヘルムホルツ方程式のグリーン関数」に他ならない!:
\begin{equation*}
(\nabla^{2}+k^{2})G_{\pm}(\mb{x},\mb{x}')=\delta^{(3)}(\mb{x}-\mb{x}')
\tag{9}
\end{equation*}
ただし前の記事の式(24)とこの式では右辺のデルタ関数の符号が異なっている.それは, 式(8)のグリーン関数に負符号を含ませているからである.
このように $G_{\pm}$ が具体的な表式で求まると, 式(8)を用いて式(5)の波動関数は次のように書き換えられる:
\begin{equation*}
\BK{\mb{x}}{\psi^{(\pm)}}=\BK{\mb{x}}{\phi}-\frac{2m}{\hbar^{2}}
\int d^{3}x'\,\frac{e^{\pm ik|\mb{x}-\mb{x}'|}}{4\pi|\mb{x}-\mb{x}'|}\bra{\mb{x}^{'}}V\ket{\psi^{(\pm)}}
\tag{10}
\end{equation*}
この式は「散乱体がある場合の波動関数は, 入射波の波動関数 $\BK{\mb{x}}{\phi}$ と散乱の効果を表す項との和として表されること」を示している.その空間依存性はポテンシャルの及ぶ範囲が有限である限り, 十分に遠く離れた所で $e^{\pm ikr}/r$ である.例えば, 正符号を持つ解 $\phi^{(+)}(\mb{x})$ は,
\begin{equation*}
\psi^{(+)}(\mb{x})=\phi(\mb{x})-\frac{2m}{\hbar^{2}}
\int d^{3}x'\,\frac{e^{ik|\mb{x}-\mb{x}'|}}{4\pi|\mb{x}-\mb{x}'|}\bra{\mb{x}^{'}}V\ket{\psi^{(+)}}
\tag{10'}
\end{equation*}
となり, これは「平面波 $\phi(\mb{x})$ に外向き球面波 $e^{ikr}/r$ が加わった波」に相当している.
もっと具体的に $\BK{\mb{x}}{\psi^{(+)}}$ の様子を調べるために, $V$ が $\mb{x}$-表示で対角的である「局所的ポテンシャル」の場合を考えてみる.$V$ が「局所的」であると言われるのは次に書けるときである:
\begin{equation*}
\BraKet{\mb{x}'}{V}{\mb{x}^{''}}=V(\mb{x}^{'})\,\delta^{(3)}(\mb{x}'-\mb{x}^{''})
\tag{11}
\end{equation*}
この結果として次が得られる:
\begin{align*}
\bra{\mb{x}^{'}}V\ket{\psi^{(\pm)}}&=\bra{\mb{x}'}\left(\int d^{3}x^{''}\,V\ket{\mb{x}^{''}}\bra{\mb{x}^{''}}\right)\ket{\psi^{(+)}}
=\int d^{3}x^{''}\,\BraKet{\mb{x}'}{V}{\mb{x}^{''}}\BK{\mb{x}^{''}}{\psi^{(+)}}\\
&=V(\mb{x}^{'})\int d^{3}x^{''}\,\BK{\mb{x}^{''}}{\psi^{(+)}}\,\delta^{(3)}(\mb{x}'-\mb{x}^{''})\\
&=V(\mb{x}')\BK{\mb{x}'}{\psi^{(+)}}
\tag{12}
\end{align*}
すると積分方程式(10)で $\psi^{(+)}$ の場合は次に簡単化される:
\begin{equation*}
\BK{\mb{x}}{\psi^{(+)}}=\BK{\mb{x}}{\phi}-\frac{2m}{\hbar^{2}}
\int d^{3}x'\,\frac{e^{ik|\mb{x}-\mb{x}'|}}{4\pi|\mb{x}-\mb{x}'|}V(\mb{x}')\BK{\mb{x}'}{\psi^{(+)}}
\tag{13}
\end{equation*}
この方程式の物理的意味を考えてみよう.観測は通常, ポテンシャルの及ぶ散乱体範囲からずっと遠方 $r$ の所に置かれた検出器によって行われる.従って $|\mb{x}|\gg|\mb{x}'|$ として差し支えない.そこで $r=|\mb{x}|$, $r^{'}=|\mb{x}'|$, そして $\mb{x}$ と $\mb{x}'$ のなす角度を $\alpha$ とするならば, $r\gg r'$ に対して次が得られる:
\begin{equation*}
|\mb{x}-\mb{x}'|=\sqrt{r^{2}-2rr'\cos\alpha+r^{'2}}\simeq r-\hat{\mb{x}}\cdot\mb{x}',\quad\text{where}\quad
\hat{\mb{x}}\equiv \frac{\mb{x}}{|\mb{x}|}
\tag{14}
\end{equation*}
さらに $\mb{k}'\equiv k\,\hat{\mb{r}}$ を定義する.これは観測点 $\mb{x}$ へ至る波の進行ベクトルを表す.すると $r$ が大きいとき$e^{ik|\mb{x}-\mb{x}'|}\simeq e^{ikr}e^{-i\mb{k}'\cdot\mb{x}'}$ が得られる.また波数ベクトル$\mb{k}=\mb{p}_i/\hbar$ で指定されるケット $\ket{\mb{k}}$ を用いるならば,
\begin{equation*}
\BK{\mb{x}}{\mb{k}}=\frac{1}{(2\pi)^{3/2}}e^{i\mb{k}\cdot\mb{x}}
\tag{15}
\end{equation*}
である.従って最終的に次が得られる:
\begin{align*}
\BK{\mb{x}}{\psi^{(+)}}&\xrightarrow{r\to\infty} \BK{\mb{x}}{\mb{k}}-\frac{2m}{4\pi\hbar^{2}}\frac{e^{ikr}}{r}
\int d^{3}x'\,e^{-i\mb{k}'\cdot\mb{x}'}V(\mb{x}')\BK{\mb{x}'}{\psi^{(+)}}\\
&=\frac{1}{(2\pi)^{3/2}}\left[e^{i\mb{k}\cdot\mb{x}}+\frac{e^{ikr}}{r}f(\mb{k}',\mb{k})\right]
\tag{16}
\end{align*}
ただし $f(\mb{k}',\mb{k})$ は「散乱振幅」と呼ばれ, 次で与えらえる:
\begin{equation*}
f(\mb{k}',\mb{k})= -2\pi^{2}\frac{2m}{\hbar^{2}}\BraKet{\mb{k}'}{V}{\psi^{(+)}}
\tag{17}
\end{equation*}
因みに, 立体角を としたとき「微分散乱断面積」
はこの散乱振幅と次の関係にある:
ボルン近似
式(16)に於いて未知ケット $\ket{\psi^{(+)}}$ は既知ケット $\ket{\phi}$ とあまり違わない.そこで 「$\ket{\psi^{(+)}}\simeq\ket{\phi}$ と近似してしまう」というのは, そう悪い近似ではないであろう!.その場合 $V$ を1次まで取り入れるので, このようにして得られる近似的振幅を「1次のボルン振幅」と呼び $f^{(1)}$ と記す:
\begin{equation*}
f^{(1)}(\mb{k}',\mb{k})=-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^{2}}\int d^{3}x'\,e^{i(\mb{k}-\mb{k}')\cdot\mb{x}'}V(\mb{x}')
\tag{19}
\end{equation*}
定数因子を別にすれば, 「1次のボルン振幅」はちょうどポテンシャル $V$ の $\mb{q}=\mb{k}-\mb{k}'$ に関する「3次元フーリエ変換」に相当していることに注意する.
次に高次のボルン近似を考える.ここで便宜的に次式で定義される「遷移演算子」または「 $T$行列」を導入する:
$$
V\ket{\psi^{(+)}}=T\ket{\phi}
\tag{20}
$$
リップマン・シュインガー方程式(4)に $V$ を掛けるならば, 上式を用いて次が得られる:
\begin{equation*}
V\ket{\psi^{(+)}}=T\ket{\phi}=V\ket{\phi}+V\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}T\ket{\phi}
\tag{21}
\end{equation*}
この式は $\ket{\phi}$ が任意の平面波状態をとったとき成立すると仮定する.更に運動量固有ケット $\ket{\phi}$ は完全系を作るから, 遷移演算子 $T$ は次の方程式を満足するはずである:
$$
T=V+V\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}T
\tag{22}
$$
他方, 式(17)の散乱振幅は $\ket{\phi}$ として運動量固有ケット $\ket{\mb{k}}$ を用いるならば次のように表すことが出来る:
\begin{equation*}
f(\mb{k}',\mb{k})= -\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^{2}}(2\pi)^{3}\BraKet{\mb{k}'}{V}{\psi^{(+)}}
=-2\pi^{2}\frac{2m}{\hbar^{2}}\BraKet{\mb{k}'}{T}{\mb{k}}
\tag{23}
\end{equation*}
つまり $f(\mb{k}',\mb{k})$ を決定するには, 遷移演算子 $T$ が分かれば十分である.
$T$ の逐次解は次のように得られる:
\begin{equation*}
T=V+V\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}V+V\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}V\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}V
+\dotsb
\tag{24}
\end{equation*}
これに対応して $f$ を次のように展開することが出来る:
\begin{equation*}
f(\mb{k}',\mb{k})=\sum\_{n=1}^{\infty} f^{(n)}(\mb{k}',\mb{k})
\tag{25}
\end{equation*}
ただし $n$ は $V$ 演算子が出現する回数である.従って次が成り立つ:
\begin{align*}
&f^{(1)}(\mb{k}',\mb{k})=-2\pi^{2}\frac{2m}{\hbar^{2}}\BraKet{\mb{k}'}{V}{\mb{k}}\\
&f^{(2)}(\mb{k}',\mb{k})=-2\pi^{2}\frac{2m}{\hbar^{2}}\BraKet{\mb{k}'}{V\frac{1}{E-H_0+i\varepsilon}V}{\mb{k}}
\tag{26}\\
&\quad\vdots
\end{align*}
$f^{(2)}$ の具体的な形は次に書くことが出来る:
\begin{equation*}
f^{(2)}=-\frac{1}{4\pi}\frac{2m}{\hbar^{2}}\int d^{3}x'\int d^{3}x^{''}\,e^{-i\mb{k}'\cdot\mb{x}'}V(\mb{x}')
\left[\frac{2m}{\hbar^{2}}G_{+}(\mb{x}',\mb{x}^{''})\right]V(\mb{x}^{''})\,e^{-i\mb{k}\cdot\mb{x}^{''}}
\tag{27}
\end{equation*}
この式は, 被積分項を右がら読んで行くことで「 $\mb{k}$ 方向からの入射波が $x^{''}$ で $V(\mb{x}^{''})$ と相互作用し, 次に $\mb{x}^{''}$ から $\mb{x}'$ までヘルムホルツ方程式を満たすグリーン関数 $G_{+}$ を通じて伝搬, そして $\mb{x}'$ で2回目の $V(\mb{x}')$ との相互作用が働き, 最後に波は $\mb{k}'$ の方向に散乱されて行く」と解釈される.(原書の概略図を参照のこと).
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