超伝導 の議論には多体系の理論が必要であるようだ.そこで, 同種粒子から構成される量子力学 的体系について, J.J.Sakurai の第6章から要点を抜粋してまとめておこう.
置換対称性
$
\def\ket#1{|#1\rangle}
$
任意の 2 粒子の一方の粒子1 が $k'$ の指標で特徴付けられたケット $\ket{k^{'}}$ の状態に在り, 他方の粒子2 のケットを $\ket{k^{''}}$ としたとき,2 粒子系の状態ケット $\ket{k'k^{''}}$ の全ては, 積の形 $\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}$ または $\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}$ の線形結合の形に書くことが出来る:
$
\def\bra#1{\langle#1|}
\def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle}
\def\PKB#1#2{|#1\rangle\langle #2|}
\def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle}
\def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\def\odiff#1{\frac{d}{d #1}}
\def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}}
\def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}}
\def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}}
\def\mb#1{\mathbf{#1}}
\def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}}
\def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}}
\def\reverse#1{\frac{1}{#1}}
$
\begin{equation}
\ket{k'k^{''}}=c_1\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}+c_2\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}
\label{k1}
\end{equation}
このような形のケットは, 測定を実施したとき全く同じ固有値 の組を与える.これを「交換縮退 」と呼んでいる.交換縮退があると厄介なことに, 観測量の完全な組の固有値 を指定しても状態ケットを完全に決定することが出来ない.その事情を「置換演算子 」を用いることで数学的に見てい行こう.
まず,「置換演算子 」$P_{12}$ または $P_{21}$ を次で定義する:
\begin{equation}
P_{12}\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}=\ket{k^{''}}\ket{k^{'}},\quad
P_{21}\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}=\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}
\label{k2}
\end{equation}
すなわち, この演算子 たちは粒子1 と粒子2 を入れ換える効果を持つ.このとき $P_{12}$ と$P_{21}$ について, 次が成り立つことは明らかである:
\begin{equation}
P_{21}=P_{12},\quad P_{12}^{\dagger}=P_{12}^{-1}=P_{21}=P_{12},\quad
\text{and}\quad P_{12}^{\dagger}P_{12}=P_{12}P_{12}^{\dagger}=P_{12}^{2}=1
\label{k3}
\end{equation}
演算子 $P_{12}$ はユニタリー演算子 的である.
次に, 各粒子の 1 つの観測量 $A$ の固有値 で完全に指定される場合を考える:
\begin{equation}
A_1\ket{a^{'}}\ket{a^{''}}=a'\ket{a^{'}}\ket{a^{''}},\quad \text{and}\quad
A_2\ket{a^{'}}\ket{a^{''}}=a^{''}\ket{a^{'}}\ket{a^{''}}
\label{k4}
\end{equation}
ただし $A_1$, $A_2$ はそれぞれ粒子1, 粒子2 に対する観測量 $A$ である.これらに $P_{12}$ を作用させてみる.最初の式の両辺に $P_{12}$を作用させ, また関係式 $P_{12}^{-1}P_{12}=1$ を挿入してみると,
\begin{align}
P_{12}A_1\ket{a^{'}}\ket{a^{''}}&=P_{12}A_1 (P_{12}^{-1} P_{12})\ket{a^{'}}\ket{a^{''}}\notag\\
&=P_{12}A_1 P_{12}^{-1}(P_{12}\ket{a^{'}}\ket{a^{''}})\notag\\
&=P_{12} A_1 P_{12}^{-1}\ket{a^{''}}\ket{a^{'}},\label{k5}\\
P_{12} a^{'} \ket{a^{'}}\ket{a^{''}}&=a^{'} P_{12}\ket{a^{'}}\ket{a^{''}}=a^{'}\ket{a^{''}}\ket{a^{'}}=A_{2}\ket{a^{''}}\ket{a^{'}}
\label{k-6}
\end{align}
式 \eqref{k5} と式 \eqref{k-6} の比較から, 次式が成り立つ必要がある:
\begin{equation}
P_{12}A_1 P_{12}^{-1}=A_2
\label{k-7}
\end{equation}
これは「$P_{12}$ は観測量 $A$ に付けた粒子番号を変える 」ことを示している.
二つの同種粒子から成る系のハミルトニアン $H$ を考える.運動量や位置演算子 と言った観測量は, ハミルトニアン 中に必然的に対称的に現れていなければならない.例えば, 次のように表される:
\begin{equation}
H=\mfrac{\mb{p}_1^{2}}{2m}+\mfrac{\mb{p}_2^{2}}{2m}+V_{pair}(|\mb{x}_1-\mb{x}_2|)
+V_{ext}(\mb{x}_1)+V_{ext}(\mb{x}_2)
\label{k8}
\end{equation}
このとき, ハミルトニアン に置換演算子 $P_{12}$を作用させても, 式の形から $H$ は変わらないことは明らかである.よって, 次の「ユニタリー的に同値な観測量の関係式」が言える:
\begin{equation}
P_{12}HP_{12}^{-1}=H, \quad\text{or}\quad P_{12}H=HP_{12}
\label{k9}
\end{equation}
すなわち $P_{12}$ と$H$ と交換するので,$P_{12}$ は「運動の定数 」と言える.$P_{12}$ の固有値 として許される値は式 \eqref{k3} から $+1$ と $-1$ である.従って, はじめに 2 粒子状態ケットが対称的 (反対称的)であったとすると, その後ずっと同じ対称性が保たれることになる.
以上の考察は, 同種の多粒子から成る系に拡張出来る.$P_{ij}$ を次により定義する:
\begin{align}
&P_{ij}\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}\dotsb\ket{k^{i}}\ket{k^{i+1}}\dotsb\ket{k^{j}}\dotsb\notag\\
&=\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}\dotsb\ket{k^{j}}\ket{k^{i+1}}\dotsb\ket{k^{i}}\dotsb
\label{k10}
\end{align}
明らかに以前と同様に $P_{ij}^{2}=1$ であり,$P_{ij}$ が取ることの出来る固有値 は $+1$ と $-1$ である.しかし一般に,
\begin{equation}
\big[P_{ij},P_{kl}\big]\ne 0
\label{k11}
\end{equation}
となることに注意するのは重要である.
理解を深めるために, 具体的に同種の 3 粒子系を調べて見よう.まず $\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}\ket{k^{'''}}$ の形をした可能なケットは,$k',k^{''},k^{'''}$ が全て異なるとして $3!=6$ 個ある.すなわち 6 重の交換縮退がある.しかし状態が「完全対称」か「完全反対称」かでなければならないとすると, 各々には, ただ一つの線形結合だけがつくられる:
\begin{align}
\ket{k'k^{''}k^{'''}}_{+} &\equiv \reverse{\sqrt{6}}\big\{
\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}\ket{k^{'''}}+\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}\ket{k^{'''}}
+\ket{k^{''}}\ket{k^{'''}}\ket{k^{'}}\notag\\
&\qquad +\ket{k^{'''}}\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}
+\ket{k^{'''}}\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}+\ket{k^{'}}\ket{k^{'''}}\ket{k^{''}}
\big\}\notag\\
\ket{k'k^{''}k^{'''}}_{-} &\equiv \reverse{\sqrt{6}}\big\{
\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}\ket{k^{'''}}-\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}\ket{k^{'''}}
+\ket{k^{''}}\ket{k^{'''}}\ket{k^{'}}\notag\\
&\qquad -\ket{k^{'''}}\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}
+\ket{k^{'''}}\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}-\ket{k^{'}}\ket{k^{'''}}\ket{k^{''}}
\big\}
\label{k12}
\end{align}
これらは共に $P_{12}$,$P_{23}$ 及び $P_{13}$ の同時固有ケットである.しかし全部で 6 個の独立した状態ケットがあるのだから, 完全対称でも完全反対称でもない 4 個の独立な状態ケットがあることになる.
上式 \eqref{k12} を書く際に $k',k^{''},k^{'''}$ は全て異なることを仮定した.もし 3 個の指標のうち 2 個が一致していたら, 完全反対称状態を作ることは不可能である.完全対称状態は, 例えば次で与えられる:
\begin{equation}
\ket{k'k^{'}k^{''}}_{+} =\sqrt{\mfrac{2!}{3!}}\big(
\ket{k^{'}}\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}+\ket{k^{'}}\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}
+\ket{k^{''}}\ket{k^{'}}\ket{k^{'}}\big)
\label{k13}
\end{equation}
更に一般的な場合, 全粒子数が $N$ 個で,$\ket{k^{(i)}}$ が出現する回数が $N_i$ のときの規格化因子は次となる:
\begin{equation}
\sqrt{\mfrac{N_1!N_2!\dotsb N_n!}{N!}}
\label{k14}
\end{equation}
対称化の要請
自然界が利用している $N$ 個の同一種類の粒子を含む系の状態は, 完全対称であるか完全反対称であることが分かっている.完全対称である場合, 粒子は「ボーズ-アインシュタイン (B-E)統計 」を満足すると言われ,「ボソン 」と呼ばれる.完全反対称である場合, 粒子は「フェルミ -ディラック (F-D)統計 」を満足すると言われ,「フェルミオン 」と呼ばれる.すなわち $i$ 番目の粒子と $j$ 番目の粒子を入れ換える置換演算子 を $P_{ij}$ として次が成り立つ:
\begin{align}
&P_{i j} |q_1q_2\dotsb q_i\dotsb q_j\dotsb q_N\rangle=+|q_1q_2 \dotsb q_j\dotsb q_i\dotsb q_N\rangle
\quad \text{: Boson}\notag\\
&P_{i j} |q_1q_2\dotsb q_i\dotsb q_j\dotsb q_N\rangle=-|q_1q_2 \dotsb q_j\dotsb q_i\dotsb q_N\rangle\quad \text{: Fermion}
\label{k15}
\end{align}
ただし $q$ は粒子の位置とスピンの両方を表しているとし, $i,\,j$ は任意である.これらを混合した対称性が存在しないのは, 経験的事実である.
更に注目すべきは, 粒子のスピンと粒子の従う統計に関連があることである:
「半整数 スピン」の粒子は「フェルミオン 」である.
「整数スピン」の粒子は「ボソン」である.
「電子がフェルミオン である」ことの直接の結果として, 電子は「パウリの排他原理 」を満足しなければならない.この原理は 2 つの電子が同じ状態を占めることが出来ないことを述べている.なぜなら,「$\ket{k^{'}}\ket{k^{'}}$ といった状態は必然的に対称的であり, フェルミオン にとってこのような状態は取れないから」である.
フェルミオン とボソンの劇的な違いを説明するために 2 粒子系を考える.各粒子は $k'$ と $k^{''}$ で表されるただ 2 つの状態を占めることが出来るとしよう.2 個のフェルミオン の系 では, 選択の余地がない.可能なのは次の一つだけである:
\begin{equation}
\reverse{\sqrt{2}}\big(\ket{k'}\ket{k^{''}}-\ket{k^{''}}\ket{k'}\big)
\label{k16}
\end{equation}
ボソン系 では, 次の 3 個の可能な状態がある:
\begin{equation}
\ket{k'}\ket{k^{'}},\quad \ket{k^{''}}\ket{k^{''}},\quad
\reverse{\sqrt{2}}\big(\ket{k'}\ket{k^{''}}+\ket{k^{''}}\ket{k'}\big)
\label{k17}
\end{equation}
これに対し, 対称性に関する制限がない「マックスウェル-ボルツマン(M-B)統計 」を満足する古典的粒子の系 では, 全部で 4 個の独立な状態がある:
\begin{equation}
\ket{k'}\ket{k^{''}},\quad \ket{k^{''}}\ket{k'},\quad \ket{k'}\ket{k^{'}},\quad
\ket{k^{''}}\ket{k^{''}}
\label{k18}
\end{equation}
以上のことから, フェルミオン では同じ状態に来ないように 2 粒子が互いに避けあっているのに対して,ボソンでは同じ状態に居ることを古典粒子よりも好む傾向にあることが分かる.フェルミオン とボソンの相違は, 低温で最も劇的に現れる.液体ヘリウム 4 (${}^{4}$He) のようなボソンから成る系では, 極低温で全ての粒子が同じ基底状態 に落ち込む傾向を示す.これは「ボース-アインシュタイン 凝縮 」と呼ばれ, フェルミオン の系があずかることの出来ない特徴である.
2 電子系
まず 2 個のスピン $1/2$ の粒子, 例えば 2 個の電子, を軌道の自由度を除いて調べる.「全体のスピン演算子 」は, ふつう次のように書かれる:
\begin{equation}
\mb{S}=\mb{S}_1+\mb{S}_2
\label{k19}
\end{equation}
これは次のように理解する必要がある:
\begin{equation}
\mb{S}=\mb{S}_1\otimes1 +1\otimes\mb{S}_2
\label{k20}
\end{equation}
ただし第 1 項の $1$ は電子2 のスピン空間に於ける恒等演算子 を表わす.第 2 項の $1$ も電子1 のスピン空間に於ける恒等演算子 である.当然ながら, 各々のスピンについて次の交換関係が成り立つ:
\begin{equation}
[ S_{1 i},S_{2 j} ]=0,\quad [S_{1 i},S_{1 j}]=i \hbar \varepsilon_{ijk} S_{1 k},\quad [ S_{2 i},S_{2 j} ]=i \hbar \varepsilon_{ijk} S_{2 k}
\label{k21}
\end{equation}
その結果として,「全体のスピン演算子 」に対して次の交換関係が成り立つ:
\begin{equation}
\big[S_i,S_j\big]=i\hbar\varepsilon_{ijk}S_{k}
\label{k22}
\end{equation}
スピン演算子 の各々の固有値 は次のように記される:
\begin{align}
&\mb{S}^{2}=(\mb{S}_1+\mb{S}_2)^{2}\ :\ s(s+1)\hbar^{2}\notag\\
&S_z=S_{1z}+S_{2z}\ :\ m\hbar,\quad S_{1z}\ :\ m_1\hbar,\quad
S_{2z}\ :\ m_2\hbar
\label{k23}
\end{align}
この場合にも,2 電子の任意のスピン状態に対応するケットを展開するのに,$\mb{S}^{2}$ と $S_z$ の固有ケットを用いることも出来るし, 或いは $S_{1z}$ と $S_{2z}$ の固有ケットを用いることも出来る.この 2 つの可能性は次のようである:
$S_{1z}$ と $S_{2z}$ の固有ケットに基づく$\{m_1,m_2\}$ 表示:
\begin{equation*}
\ket{+\ +},\quad \ket{+\ -},\quad \ket{-\ +},\quad \ket{-\ -}
\end{equation*}
$\mb{S}^{2}$ と $S_{z}$ の固有値 に基づく$\{s,m\}$ 表示 ( 3 重項- 1 重項表示 ):
\begin{align*}
&\ket{s=1,\,m=1},\quad \ket{s=1,\,m=0},\quad \ket{s=1,\,m=-1},\\
&\ket{s=0,\,m=0}
\end{align*}
ただし $s=1$ はスピン 3 重項を表わし, $s=0$ はスピン 1 重項を表わす.
それぞれの組みには, 基底ケットが 4 個あることに注意する.この二組の基底ケットの間の関係は次のようである:
\begin{align}
&\ket{s=1,\,m=1}=\ket{+\ +},\label{k24}\\
&\ket{s=1,\,m=0}=\reverse{\sqrt{2}}\big(\ket{+\ -}+\ket{-\ +}\big),\label{k25}\\
&\ket{s=1,\,m=-1}=\ket{-\ -},\label{k26}\\
&\ket{s=0,\,m=0}=\reverse{\sqrt{2}}\big(\ket{+\ -}-\ket{-\ +}\big)
\label{k27}
\end{align}
式 \eqref{k24} の右辺は 2 個の電子が共に上向きスピンを持つことを意味している.この状態に対応するのは $s=1,\,m=1$ だけである.この状態からは次の「はしご演算子 」を両辺に作用することで, 以降の状態は次々に求めることが出来る:
\begin{equation}
S_{-}\equiv S_{1-}+S_{2-}=\big(S_{1x}-iS_{1y}\big)+\big(S_{2x}-iS_{2y}\big)
\label{j9}
\end{equation}
ただし $\{s,m\}$ 表示に対する「はしご演算子 」の作用は, 一般的な「はしご演算子 $J_{-}$」についての次の公式に準ずる:
\begin{equation}
J_{-} \ket{ j ,m} = \hbar \sqrt{(j+m)(j-m+1)}\ket{j,m - 1}
\label{j10}
\end{equation}
よって, 例えば式 \eqref{k25} は次のようにして求められる:
\begin{align*}
S_{-}\ket{s=1,\,m=1}&=\hbar\sqrt{(1+1)(1-1+1)}\,\ket{s=1,\,m=0}\\
&=\hbar\sqrt{2}\,\ket{s=1,\,m=0},\\
\big(S_{1-}+S_{2-}\big)\ket{+\ +}&=\hbar\sqrt{\left(\reverse{2}+\reverse{2}\right)\left(\reverse{2}-\reverse{2}+1\right)}\ket{-\ +}\\
&\quad+\hbar\sqrt{\left(\reverse{2}+\reverse{2}\right)\left(\reverse{2}-\reverse{2}+1\right)}\ket{+\ -}\\
&=\hbar\ket{-\,+} + \hbar\ket{+\,-},\\
\therefore\quad \ket{s=1,\,m=0}&=\reverse{\sqrt{2}}\big(\ket{-\,+}+\ket{+\,-}\big)
\end{align*}
次に演算子 $\mb{S}^{2}$ について次のような展開が許されることに注目する:
\begin{equation}
\mb{S}^{2}=(\mb{S}_1+\mb{S}_2)^{2}
=\mb{S}_{1}^{2}+\mb{S}_2^{2}+2\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2
\label{j11}
\end{equation}
また, スピン演算子 $\mb{S}$ の行列要素 $S_i$ はパウリ行列 を用いて次のように表わすことが出来ることに注意する:
このとき, 次が成り立つ:
従って,
以上の式から次が言える:
\begin{align*}
\mb{S}^{2}&=(\mb{S}_1+\mb{S}_2)^{2}\\
&=s(s+1)\hbar^{2}=\begin{cases} 1\cdot2\hbar^{2} & \text{triplet} \ (s=1)\\
0 & \text{singlet} \ (s=0)\end{cases}\\
\mb{S}^{2}&=\mb{S}_{1}^{2}+\mb{S}_2^{2}+2\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2
=\mfrac{3}{4}\hbar^{2}+\mfrac{3}{4}\hbar^{2}+2\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2,\\
\therefore &\quad \mfrac{3}{2}\hbar^{2}+2\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2
=\begin{cases}
2\hbar^{2} & (\text{triplet}) \\ 0 & (\text{singlet})
\end{cases}
\end{align*}
よって 3 重項 (triplet) の場合は,
\begin{equation*}
2\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2=2\hbar^{2}-\mfrac{3}{2}\hbar^{2}\quad
\rightarrow\quad \mb{S}_1\cdot\mb{S}_2=\mfrac{1}{4}\hbar^{2}
\end{equation*}
1重項 (singlet) の場合は,
\begin{equation*}
2\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2=0-\mfrac{3}{2}\hbar^{2}\quad
\rightarrow\quad \mb{S}_1\cdot\mb{S}_2=-\mfrac{3}{4}\hbar^{2}
\end{equation*}
すなわち次の J.J.Sakurai の式 (6.3.9) が求まったことになる:
\begin{equation}
\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2=\begin{cases}
\quad \ds{\mfrac{\hbar^{2}}{4}} & (\text{triplet})\\
\ds{-\mfrac{3}{4}\hbar^{2}} & (\text{singlet})
\end{cases}
\label{j15}
\end{equation}
置換演算子 $P_{12}$ は, 次のように表わすことが出来ることは明らかである:
\begin{equation}
P_{12}=P_{12}^{(space)}P_{12}^{(spin)}
\label{j16}
\end{equation}
ただし $P_{12}^{(space)}$ は空間座標のみの交換であり $P_{12}^{(spin)}$ はスピン状態のみの交換である.(スピン状態は「スピン座標」で表わすことが出来る.スピン座標については, 例えば小出の§ 8.1 を参照せよ).
上記の結果を利用すると, スピン状態のみの置換演算子 $P_{12}^{(spin)}$は次のように表せることは面白いことである:
\begin{equation}
P_{12}^{(spin)}=\reverse{2}\left(1+\mfrac{4}{\hbar^{2}}\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2\right)
=\begin{cases}
1 & (\text{triplet}) \\ -1 & (\text{singlet})
\end{cases}
\label{j17}
\end{equation}
なぜなら, 次式のように 3 重項スピン関数は全て対称的(symmetric) であるのに対して,1 重項スピン関数は反対称的(antisymmetric) であるからである:
\begin{equation*}
\text{(spin functions of triplet state)}=\left\{
\begin{array}{l}
\chi_{++} \\ \ds{\reverse{\sqrt{2}}\big(\chi_{+-}+\chi_{-+}\big)} \\ \chi_{- -}
\end{array}\right.
\end{equation*}
\begin{equation*}
\text{(spin function of singlet state)}=\reverse{\sqrt{2}}\big(\chi_{+-}-\chi_{-+}\big)
\end{equation*}
ここで, 例えば $\chi_{+-}$ は, 電子 1, 電子 2 のスピン磁気量子数を $m_{s1},\,m_{s2}$ としたとき, 次に相当しているものを表しているとする:
\begin{equation*}
\chi_{+-}=\chi \left( m_{s1}=\frac{1}{2},m_{s2}=-\frac{1}{2}\right)
\end{equation*}
ところで,「電子はフェルミオン 」であるから, 上記の式 \eqref{k15} より「2 電子系全体の状態関数は, 置換演算子 の固有値 が必然的に$-1$ すなわち反対称的であるべき」である.よって,「対称的なスピン 3 重項状態には反対称的な空間関数を組ませなければならないし, また, 反対称的なスピン 1 重項状態には対称的な波動関数 と組ませなければならない 」.このため,「電子は, スピンが 3 重項状態にあると"互いに避け合う"ことになる 」.そして「同じ場所に 2 電子を見出す確率はゼロになるのである」 .この効果と式 \eqref{j17} の含蓄を示す例として, ヘリウム原子の励起状態 を考えることが出来る.ヘリウム原子の波動関数 は2つの水素原子の波動関数 の積で $Z=2$ としたものとすることが出来る.一方の電子が基底状態 にあり他方が $(n l m)$ で表される励起状態 にある例では, 波動関数 の空間部分は次に書ける:
\begin{equation}
\phi(\mb{x}_1,\mb{x}_2)=\frac{1}{\sqrt{2}}\big[ \psi_{100}(\mb{x}_1)\psi_{n l m}(\mb{x}_2)\pm \psi_{100}(\mb{x}_2)\psi_{n l m}(\mb{x}_1)\big]
\label{j18}
\end{equation}
ただし符号の上(下)はスピン1重項(スピン3重項)に対するものである.この状態のエネルギーを次のように書く:
\begin{equation}
E=E_{100}+E_{n l m} + \Delta E
\label{j19}
\end{equation}
1次の摂動論では, $\Delta E$ は $e^{2}/r_{12}$ の期待値を計算することにより求められ, 次のように表わすことが出来る:
\begin{equation}
\left\langle \frac{e^{2}}{r_{12}}\right\rangle=I\pm J
\label{j20}
\end{equation}
ただし $I$ は「直接積分 」, $J$ は「交換積分 」と呼ばれる量を表したものであり, 何れも正である.式 \eqref{j20} から, ヘリウム原子のこの配置のエネルギー準位は分裂し, スピン1重項状態は高いエネルギーを取ることになる.スピン1重項状態のヘリウムは「パラヘリウム」と呼ばれ, スピン3重項のヘリウムは「オルソヘリウム」と呼ばれている.元のハミルトニアン には, 単に三つのクーロンポテンシャル項から構成されているので $\mb{S}_1\cdot\mb{S}_2$ といったような項が直接存在することは無い.しかしスピンに依存する効果は存在し, スピンが平行な電子は低いエネルギーを持つのである.
(図 1) ヘリウム原子の $(1s)(n m)$ 配置のエネルギー準位分裂を示す概念図