ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

スピンの歳差運動とスピノル

スピン $1/2$ を持った原子が一様な外部磁場の中に置かれた場合も考えておこう.以下は J.J.Sakurai の § 2.1 からの抜粋に少しの修正を施したものである.


磁気モーメント $\mathbf{\mu}=e\hbar/2mc$ を持つスピン $1/2$ の原子が外部磁場 $\mathbf{B}$ 中に置かれたときのハミルトニアンは次である: $ \def\bra#1{\langle#1|} \def\ket#1{|#1\rangle} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} $

\begin{equation} H=-\mb{\mu}\cdot\mb{B}=-2\mu_B\mb{S}\cdot\mb{B}=-\mfrac{e}{m_e c}\mb{S}\cdot\mb{B} \end{equation}

ただし電子に対しては $e<0$ である.そして $\mb{B}$ が $z$-方向にかかった「静的な均一磁場」の場合のハミルトニアンは次となる:

\begin{equation} H=-\mfrac{eB}{m_e c}S_z \end{equation}

このとき $S_z$ とハミルトニアン $H$ が可換であることは明らかであるから, $S_z$ の固有状態はエネルギーの固有状態でもあり, 対応する固有値は次である:

\begin{equation} E_{\pm}=-\mfrac{eB}{m_e c}S_z=-\mfrac{eB}{m_e c}\cdot\left(\pm\mfrac{\hbar}{2}\right) =\mp\mfrac{e\hbar B}{2m_e c}=\pm \mfrac{|e|\hbar B}{2m_e c} =\mfrac{|e|B}{m_e c}\cdot\left(\pm\mfrac{\hbar}{2}\right) \end{equation}

ここで「2つのエネルギー固有値の差」が $\hbar\omega$ となるように $\omega$ を定義する.すなわち,

\begin{equation} E_{+}-E_{-}=\mfrac{|e|B}{m_e c}\cdot\mfrac{\hbar}{2}-\mfrac{|e|B}{m_e c}\cdot\left(-\mfrac{\hbar}{2}\right)=\hbar\mfrac{|e|B}{m_e c}\equiv \hbar\omega \quad\rightarrow\quad \omega\equiv \mfrac{|e|B}{m_e c} \end{equation}

これは荷電粒子の「サイクロトロン周波数」に一致している.この $\omega$ を用いると, ハミルトニアン演算子 $H$ は次のように書くことが出来る:

\begin{equation} H=\omega S_z \end{equation}

そして, このときの時間発展の演算子は次となる:

\begin{equation} \mathscr{U}(t,0)=\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}Ht\right)=\exp\left(-\mfrac{i}{\hbar}\omega S_z t\right) \end{equation}

基底ケットとしてエネルギー固有ケットでもある $S_z$ の固有ケットを採用して状態ケットを展開することにし, 時刻 $t=0$ に於ける系の初期ケット $\ket{\alpha}$ は次に書かれると仮定しよう:

\begin{equation} \ket{\alpha,0}=c_{+}\ket{+}+c_{-}\ket{-} \end{equation}

すると, 時間が $t$ だけ経った後の系の状態ケットは次となる:

\begin{align} H\ket{\pm}&=\omega S_z\ket{\pm}=\omega\mfrac{\hbar}{2}\Bigl(\ket{+}\bra{+} -\ket{-}\bra{-}\Bigr)\ket{\pm}=\pm\mfrac{\hbar\omega}{2}\ket{\pm},\notag\\ \therefore\quad \ket{\alpha,t} &=\mathscr{U}(t,0)\ket{\alpha,0} =\exp\left(-\mfrac{i\omega t}{\hbar}S_z\right)\Bigl(c_+\ket{+}+c_-\ket{-}\Bigr)\notag\\ &=c_{+}\exp\left(-\mfrac{i\omega t}{2}\right)\ket{+} +c_{-}\exp\left(+\mfrac{i\omega t}{2}\right)\ket{-} \end{align}

従って, もしも初期ケット $\ket{\alpha}$ がスピン上向きの状態 $\ket{+}$ であったならば, 上式から「系は時間が経っても, ずっとスピン上向きの状態のままとなる」.

次に「系の初期ケットが $S_x$ の固有状態にあった場合」を考えてみよう.例えば, 系の初期ケット $\ket{\alpha,0}$ を $\ket{S_{x};+}$ であるとすれば, それは次のように表わせる:

\begin{equation} \ket{\alpha,0}=\ket{S_x;+}=\mfrac{1}{\sqrt{2}}\ket{+}+\mfrac{1}{\sqrt{2}}\ket{-} \end{equation}

この場合, 時間が $t$ だけ経った後の系の状態ケットは次となる:

\begin{equation} \ket{\alpha,t}=\mathscr{U}(t,0)\ket{\alpha,0} =\mfrac{1}{\sqrt{2}}\exp\left(-\mfrac{i\omega t}{2}\right)\ket{+} +\mfrac{1}{\sqrt{2}}\exp\left(+\mfrac{i\omega t}{2}\right)\ket{-} \end{equation}

従って, 系が状態 $\ket{S_{x};\pm}$ に見出される確率振幅は,

\begin{align} \BK{S_{x};\pm}{\alpha,t} &=\left(\mfrac{1}{\sqrt{2}}\bra{+}\pm\mfrac{1}{\sqrt{2}}\bra{-}\right)\cdot \left(\mfrac{1}{\sqrt{2}}\exp\left(-\mfrac{i\omega t}{2}\right)\ket{+} +\mfrac{1}{\sqrt{2}}\exp\left(+\mfrac{i\omega t}{2}\right)\ket{-}\right)\notag\\ &=\mfrac{1}{2}\exp\left(-\mfrac{i\omega t}{2}\right)\pm \mfrac{1}{2}\exp\left(+\mfrac{i\omega t}{2}\right) \end{align}

となる.よって系が状態 $\ket{S_{x};\pm}$ に見出される確率は次の結果となる:

\begin{equation} \left|\BK{S_{x};\pm}{\alpha,t}\right|^{2} =\left|\mfrac{1}{2}\exp\left(-\mfrac{i\omega t}{2}\right)\pm \mfrac{1}{2}\exp\left(+\mfrac{i\omega t}{2}\right)\right|^{2} =\begin{cases}\ds{\cos^{2}\mfrac{\omega t}{2}} & \ : \ S_{x}+ \\ \ds{\sin^{2}\mfrac{\omega t}{2}} & \ : \ S_{x}- \end{cases} \end{equation}

これより,「系の始状態が $\ket{S_x;+}$ でスピンが $x$ の正方向を向いていたとしても, $z$-方向の磁場の作用によりスピンは回転する」ことが分かる.その結果, 時間が経つと状態 $\ket{S_{x}; -}$ に見出す確率が出て来ることになる.

次にこのときの $S_{x}$ の期待値を求めて見ると次となる:

\begin{equation} \langle S_{x}\rangle=\mfrac{\hbar}{2}\cos^{2}\mfrac{\omega t}{2} -\mfrac{\hbar}{2}\sin^{2}\mfrac{\omega t}{2} =\mfrac{\hbar}{2}\cos\omega t \end{equation}

よって, 期待値 $\langle S_{x}\rangle$ は 2 つのエネルギー固有値の差を $\hbar$ で割った値の角振動数で振動していることになる.同様に $S_{y}$ と $S_z$を調べると,

\begin{equation} \langle S_{y}\rangle =\mfrac{\hbar}{2}\sin\omega t,\quad \langle S_{z}\rangle =0 \end{equation}

これらの結果を物理的に述べるならば,「$z$ 方向の磁場の作用により, $x$ 方向のスピンが $xy$-平面で歳差運動 ( precession ) する」と言うことが出来る.「歳差運動」とは, 回転するコマの首振り運動または味噌すり運動のような運動を言う.「速く回転しているコマの場合には, その重心に働いている重力が床との接触点の周りのトルクを生じる」(ファインマン物理学より).このトルク \tau の方向は水平であり, そのためコマは歳差運動 $\Omega$ を起こして, 鉛直方向の周りにその軸が円錐を描くようになる (図1を参照).

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図1. 回転するコマの歳差運動

以上のことは,「式 (6) の時間発展演算子が「回転演算子」で $\phi=\omega t$ としたものに等しくしたものであること」からも容易に分かることである:

\begin{equation} \mathscr{U}(t,0)=\exp\left(-\mfrac{iS_z \omega t}{\hbar}\right) \quad \Longleftrightarrow\quad \mathscr{D}_{z}(\phi)=\exp\left(-\mfrac{iS_z\phi}{\hbar}\right) \end{equation}

回転演算子による状態ケット $\ket{\alpha}$ の有限角度 $\phi$ の回転として見直すならば, 初期状態での期待値と回転後の期待値は次となる:

\begin{equation} \langle S_x \rangle=\BraKet{\alpha}{S_x}{\alpha},\quad {}_{R}\bra{\alpha}S_x\ket{\alpha}_{R}=\BraKet{\alpha}{\mathscr{D}^{\dagger}_{z}(\phi) S_x\mathscr{D}_z(\phi)}{\alpha} \end{equation}

そこで量 $\mathscr{D}^{\dagger}_{z}(\phi)S_x\mathscr{D}_z(\phi)$ を計算する必要があるが, その一つのやり方は次の「ベーカー・ハウスドルフの補助定理」:

\begin{align} \exp(iG\lambda)A\exp(iG\lambda)&=A+i\lambda[G,A]+\left(\mfrac{(i\lambda)^{2}}{2!}\right)[G,[G,A]]+\dotsb\notag\\ &+\left(\mfrac{(i\lambda)^{n}}{n!}\right)[G,[G,\dotsb [G,A]\dotsb]]+\dotsb \end{align}

を用いた計算方法である:

\begin{align} &\mathscr{D}^{\dagger}_{z}(\phi)S_x\mathscr{D}_z(\phi) =\exp\left(\mfrac{iS_z\phi}{\hbar}\right)S_x\exp\left(-\mfrac{iS_z\phi}{\hbar}\right) \notag\\ \quad &=S_x+\left(\mfrac{i\phi}{\hbar}\right)\left[S_z,S_x\right] +\mfrac{1}{2!}\left(\mfrac{i\phi}{\hbar}\right)^{2} \left[S_z,\left[S_z,S_x\right]\right]+\mfrac{1}{3!}\left(\mfrac{i\phi}{\hbar}\right)^{3} \left[S_z,\left[S_z,\left[S_z,S_x\right]\right]\right]+\dotsb\notag\\ &=S_x\left[1-\mfrac{\phi^{2}}{2!}+\dotsb\right] -S_y\left[\phi-\mfrac{\phi^{3}}{3!}+\dotsb\right]\notag\\ &=S_x\cos\phi-S_y\sin\phi \end{align}

ここでは $S_i$ の交換関係だけを用いているのでスピン $1/2$ より大きな角運動量の場合の系の回転にも一般化できることに注意する.

上の結果から, スピン $1/2$ の系の初期期待値を $\langle S_i\rangle$ とすると, 回転後の $S_i$ の期待値は次となることが分かる:

\begin{align} {}_{R}\bra{\alpha}S_x\ket{\alpha}_{R}&=\langle S_x\rangle\cos\phi -\langle S_y\rangle \sin\phi,\notag\\ {}_{R}\bra{\alpha}S_y\ket{\alpha}_{R}&=\langle S_y\rangle\cos\phi +\langle S_x\rangle \sin\phi,\notag\\ {}_{R}\bra{\alpha}S_z\ket{\alpha}_{R}&=\langle S_z\rangle \end{align}

これらの式は,「状態ケットにかかった回転演算子が, 実際に $\mb{S}$ の期待値を $z$-軸の周りに角度 $\phi$ だけ回転させている」ことを示している.言い換えると, 「スピン演算子の期待値は回転の際に, あたかも古典的なベクトルのように振舞う」ことが分かる.

次に, 一般ケット $\ket{\alpha}$ に対する回転演算子 $\mathscr{D}_z(\phi)$ の効果を少し詳しく見ておこう.前の式 (8) を参照すると, そこの $\omega t$ を $\phi$ とすればよいので次となることはすぐに分かる:

\begin{equation} \mathscr{D}_z(\phi)\ket{\alpha}=\exp\left(-\mfrac{iS_z\phi}{\hbar}\right)\ket{\alpha} =e^{-i\phi/2}\ket{+}\BK{+}{\alpha}+e^{+i\phi/2}\ket{-}\BK{-}{\alpha} \end{equation}

このときに出現する半角 $\phi/2$ が極めて興味深い結果をもたらす.つまり $2\pi$ の回転を考えると次のようになるのである:

\begin{equation} \mathscr{D}_z(2\pi)\ket{\alpha}=\Bigl(e^{-i\pi}\ket{+}\bra{+}+e^{i\pi} \ket{-}\bra{-}\Bigr)\ket{\alpha} =-\Bigl(\ket{+}\bra{+}+\ket{-}\bra{-}\Bigr)\ket{\alpha} =-\ket{\alpha} \end{equation}

すなわち 360° 回転した系のケットは, 元のケットとマイナス符号だけ異なる.プラス符号を持つ, すなわち「元と同じケットに戻るためには $720^{\circ}$($\phi=4\pi$) の回転が必要」なのである!.このような性質をもつ量は「ピノ」と呼ばれるのであった.言い換えるならば,『ピノル量として振る舞う状態ケットの周期は, スピンの「歳差運動の周期」の2倍の長さを持つ』のである.