ファインマンさんの肩に乗って晴耕雨読の日々

ファインマンを読んで気付いた事そして日常生活の記録

§ 3-2 の「The Conceptual Experiment」の翻訳

別冊日経サイエンス:「量子の逆説」の中に " 不確定性原理の再出発 " という記事があった.不確定性原理経路積分ではどのように導かれていたのか気になったので, 本文の第3章を見直ししていたのだが, その際に, 原書及び訳書の § 3-2 の部分に問題点があることに気付いた.そこで, 原書を翻訳し直してみたので記事として示しておこう.


概念的実験 別のもっと複雑な例を考察することにより, 量子力学の物理的解釈と古典力学との関係について更に理解を深めることが出来る.$t=0$ で粒子が原点から出発し, ある時間間隔 $T$ の後, ある点 $x_0$ に存在することが観測されたとする.古典的には, 粒子は速度 $v_0=x_0/T$ を持っていたと言うことになる.もし粒子がそのまま次の時間間隔 \tau に於いても運動を続けるならば, 更に距離 v_0\tau だけ進むことになる.これを量子力学的に解析するために, 次のような問題を解いて見よう:

時刻 $t=0$ で粒子は原点 $x=0$ から出発する.ある時間 $T$ が経った後, 粒子は位置 $x_0$ からの距離 $\pm b$ 以内の区間に存在していることが分かっていると仮定する.問題は次である:「更に時間 \tau が経った後で, 粒子を位置 $x_0$ から更に $x$ だけ移動した場所 ( 従ってこの座標 $x$ は点 $x_0$ を原点と考えているので注意する ) で見出す確率はいくらか?」.時刻 T+\tau で位置 $x$ に到達する全振幅は,「原点から最終地点へ至る全ての軌道 (trajectory) からの寄与の和である」と見做すことが出来る.ただし, 軌道は時刻 $T$ で位置 $x_0$ から $\pm b$ 以内の区間に存在していると仮定する.

 この計算に入る前に, 我々は今どのような実験を目論んで (contemplate) いるかについて述べておこう.粒子が区間 $\pm b$ 以内で点 $x_0$ を通過することを, 我々はどのようにして知ることが出来るであろうか? 一つの方法は, 時刻 $T$ で粒子の観測をして, 粒子が区間 $\pm b$ 内に居るかどうかを調べることである.これは最も自然なやり方であるが, 他の実験方法と較べると詳細な解析を行なうのが難しい (なぜなら, 電子と観測装置との間の相互作用が複雑だからである).

 そこで, 例えば, 時刻 $T$ で非常に強い光を用いて 区間 $\pm b$ を除く $x$ 軸上の全ての点を探索する (look) という実験を仮定してみよう. もし粒子を見つけたら, 実験を中断する.考えるのは「区間 $\pm b$ を除く領域を徹底的に調べても粒子が見出せない場合」だけである.すなわち $x_0$ から区間 $\pm b$ の範囲内より外側を通る軌道は全て除外するのである (That is, all trajectories which pass outside the limits $\pm b$ from $x_0$ are rejected).実験の状況は図 3-3 に描かれている.*1

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図 3-3. 時刻 $t=0$ に於いて $x=0$ から出発する粒子が, 時刻 $t=T$ に於いて $x_0-b$ と $x_0+b$ の間を通過するもの とする.\tau 秒後 (すなわち t=T+\tau ) に位置 $x$ にその粒子を見出す確率を計算する.古典法則によれば, 粒子は (x_0-b)/(1+\tau/T)(x_0+b)(1+\tau/T) の間に存在しなければならない.すなわち, 時刻 $T$ に於けるスリットをそのまま直線で引き延ばした範囲に居なければならないことになる.しかしながら, 量子力学の法則によって, そのような粒子がこれらの古典的極限の範囲の外に現れる確率がゼロでないことが示される. この問題を扱うのに, 自由粒子の運動法則をそのまま適用することは出来ない.なぜなら, 粒子は実際には スリットによって閉じ込められているからである.よって, 自由粒子の運動が2つ続いて起こるものと考える.最初は粒子の時刻 $t=0$ での位置 $0$ から時刻 $t=T$ での位置 $x_0+y$ に到る過程である. ただし $|y|\le b$ とする.次の過程は粒子の時刻 $t=T$ での位置 $x_0+y$ から時刻 t=T+\tau での位置 $x+x_0$ に到る過程である.全体の振幅は, この2つの自由粒子核の積を $y$ について積分したもので, 式(3-19)のようになる.

従って, 振幅は次に書かれる ( \tau がうまく表示出来ないので, 以下の式たちでは \tau の代わりに $\theta$ を用いているので注意すべし): $ \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} $

\begin{equation} \psi(x)=\int_{-b}^{b}d y\, K(x+x_0,T+\theta; x_0+y,T)\,K(x_0+y,T; 0,0) \tag{3.19} \end{equation}

 この表式は, 時間的に続いて起こる事象を組み合わせる規則に従っている.第1の事象は粒子が原点からスリットに行くことである.第2の事象は粒子がスリットから点 $x$ に更に進むことである.[ 式 (3.19) の $\psi(x)$ は,「スリットから出発する自由粒子」が, 時間 \tau の後に位置 $x$ に存在する場合の確率振幅すなわち波動関数 \psi(x,\tau) であることは明らかである ] .


( 参考) 時刻 T+\tau での粒子の存在範囲は図 3-3 の右図から求められる.図中の緑三角形での辺比の関係から次が言える:

\begin{align*} &(x_0-b):T=(x_0+x-\Delta x):(T+\theta)\ \Rightarrow\ (x_0+x-\Delta x)T=(x_0-b)(T+\theta),\\ &\therefore\quad x_0+x-\Delta x=(x_0-b)\left(1+\mfrac{\theta}{T}\right) \end{align*}

同様に, 外側の (緑三角形も含む) 大きな赤の斜線部分の三角形に於ける辺比から, 次も言える:

\begin{equation*} (x_0+b):T=(x_0+x+\Delta x):(T+\theta),\quad\therefore\quad x_0+x+\Delta x=(x_0+b)\left(1+\mfrac{\theta}{T}\right) \end{equation*}

よって, 図 3-3 のキャプション中の式のように, 古典的な粒子の時刻 T+\tau での存在範囲は次となる:

\begin{equation*} \left[ x_0+x-\Delta x ,\ x_0+x+\Delta x \right] = \left[ (x_0-b)\left(1+\mfrac{\theta}{T}\right) ,\ (x_0+b)\left(1+\mfrac{\theta}{T}\right) \right]. \end{equation*}

スリットは有限の幅を持つ.そしてスリットの区間要素の各々を通過することは, 全ての部分を含む経路に沿った進行の代わりとなる表現になっている (and passage through each elemental interval of the slit represents an alternative way of proceeding along the complete path).*2 従って, 我々はスリットの幅について積分しなければならない.スリットを外れる粒子は捕捉され実験から取り除かれる.そのような粒子の振幅は算入されない.スリットを通過する粒子は自由粒子として運動し, その振幅は式 (3.3) で与えられる.従って, 振幅は次となる:*3

\begin{equation} \psi(x)=\int_{-b}^{b}dy\,\left(\mfrac{m}{2\pi i\hbar\theta}\right)^{1/2}\exp\left[\mfrac{im(x-y)^{2}}{2\hbar\theta}\right]\times\left(\mfrac{m}{2\pi i\hbar T}\right)^{1/2} \exp\left[\mfrac{im(x_0+y)^{2}}{2\hbar T}\right] \tag{3.20} \end{equation}

 この積分は Fresnel 積分で表される.この式は我々が求めている物理的結果を含んでいるが,Fresnel 積分が数学的に複雑であるため不明瞭である.そこで, 数学的複雑さによって物理的結果を混乱させるよりも, 数学的にもっと簡単な形となる別の, しかし類似した表式を構築しようと思う.

*1:原書のキャプション中の式は x_0(\tau/T)+b(1+\tau/T)x_0(\tau/T)-b(1+\tau/T) となっているが, これは存在区間として $[x-\Delta x,\, x+\Delta x]$ を考えたものになっている.$x_0$ を付加すべきであるから校訂版のようになる.

*2:訳本ではこの部分が次のように訳されているので注意する:「よって, 全工程を進む方法はそれぞれ, スリットの中の1つの微小区間によって表される」.

*3:積分中の第1項の指数部内の距離に相当する量は $x_0+y$ から $x+x_0$ までなので $(x+x_0)-(x_0+y)=x-y$ となっている.