ショット効果雑音
式(12.20)などを導出する前に, その物理的背景である「ショット効果雑音」について書いておこう.以下の記事は, 小倉久直:「確率過程論」の§ 9.2 及び佐藤拓宋:「電気系の確率と統計」そして霜田光一:「エレクトロニクスの基礎」からの抜粋をまとめたものである.また, 図もこれらから引用している.
熱電子放出とポアソン分布
現在では整流や検波には半導体ダイオードが用いられているが, 昔は真空管ダイオードが使われていた.真空管にカソード(陰極)とプレート(陽極)の2つの電極が封入されている電子菅で「二極管」と呼ばれる.下の左図を参照のこと.
カソードが熱せられてその表面から熱電子が出るのであるが, これは表面で仕事関数以上の熱エネルギーを得たものである.それを計測すると, 全体の密度が小さい場合には不規則なパルス列となる.このような熱電子放出のプロセスは「ポアソン的不規則信号」となることが示され, それは「Poisson白色雑音」または「ショット効果雑音」(shot effect noise)と呼ばれる.その実際の波形は, 例えば次図の(c)のようになる.
ショット効果雑音
上図のような波形となる理由を考えてみる.$t=0$ に於いて陰極から放出される電子による電流は, 電子が陽極に突入するまでの走行中に静電誘導によって流れ, 陽極に突入すると同時に電流は止む.このとき電子1個による電流波形を $g(t)$ で表せば, 多数電子による電流波形は不規則な放出時刻 $t_j$ を持つ波形 $g(t-t_j)$ の和となると考えて と表せる.このとき, 電子1個の示す波形 $g(t)$ の形を考えてみよう.
陰極と陽極の間隔を $d$ としその間には $\phi_a$ の電圧が印加されているとする.その電位分布が最初の図の右図に示されている.プレート電圧を正にしたときに二極管を流れる電流は, 「空間電荷」の影響を受けており, 電子が定常に流れているときには, 空間の各々の場所にいつも一定密度の電子が存在している.電極上ではなくて, このような空間に存在する電荷を空間電荷というのである.空間電荷が無ければ電極間の電界は一様であって電位は最初の図の右図の a に示すように直線的に変化している.陰極の温度が低くて放射される熱電子が少ないときはこれに近い分布になり, 陰極を出た電子は全て陽極に流れ込む.このような場合を温度制限の状態と言い, このときの電流を「温度制限電流」という.しかし空間電荷があると, その陽極側では電界が強く陰極側では弱くなる.そのため, 電位を示す曲線は b のように下がってくる.更に空間電荷が大きくなると電位曲線は c のようになる.このようになると, 陰極の近くにある電子は陰極に引き戻らされるような力を受ける.このようになると, 陰極の温度を上げても, ある値以上は陰極から電子は流れ出なくなる.この状態を空間電荷制限, このときの電流を「空間電荷制限電流」という.各種の真空管は特別な例外を除いて, みな空間電荷制限の状態で使われている.トランジスタの役割をする三極管などでは, 「グリッド」によって空間電荷を制御して増幅作用をしている.(霜田より)
ショット雑音では,当然ながら温度制限状態で考えることになる.
最後に, ショット雑音に於ける電子1個の電流波形 $g(t)$ の概形を計算しておこう.極間距離が $d$ の両極の間に図 a の 一定電圧 $\phi_a$ が印加されているとき, 電荷 $-e$ を持った電子はローレンツ力 $F=-e\mathbf{E}=-e\phi_e/d$ を受けて等加速度運動をして陽極まで到達する.そのときの加速度は $\displaystyle{-e\frac{\phi_e}{d}=m\ddot{x}}$ より $\displaystyle{\ddot{x}=-\frac{e}{m}\frac{\phi_a}{d}}$ である. また電流は $i=e v=e\dot{x}$ と表せる.初期条件として初速度を $v_0=\dot{x}(0)=0$ とする.以上から (運動方向を考慮してマイナス符号は除く),
よって陽極に至るまでの電流波形は, 時間 $t$ に比例して増大しながら流れることが分かる:
よって, 全体の電流波形は三角波となるが, 図 (c) に示された波形では, 空間電荷制限を多少受けた曲線 b を考えて描かれているようである.