シュテルン-ゲルラッハの実験装置
Bell の不等式を試すための実験に用いられた物理量として, 一つは「低エネルギーの陽子-陽子散乱に於ける散乱後の陽子間のスピン相関」がある.それ以外で実験の多くで用いられた物理量は「励起原子のカスケード遷移やポジトロニウム ( $e^{+}e^{-}$ の $^{1}S_{0}$ 束縛状態 ) の崩壊に於ける光子対間の光子の偏り」であったらしい.原子や電子のスピンの測定実験装置に「シュテルゲルラッハ装置」がある.
上の 図 1 は J.J. Sakurai によるシュテルゲルラッハ実験の概略図であり, また, そこに書かれてある説明の概略は次のようである:
『 銀 (Ag) の原子を炉の中で熱する.炉には小孔が開いており, 幾らか銀原子が逃げて行く.その原子線 (ビーム) は, コリメーターを通過した後, 一対の磁極の作る「不均一な磁場」にさらされる.磁極の一つは鋭く尖っている.銀原子は最外殻電子に由来するスピン を持っており, それによる磁気モーメント を持っている.それは電子のスピンに比例している: $ \def\bra#1{\langle#1|} \def\BK#1#2{\langle #1|#2\rangle} \def\BraKet#1#2#3{\langle#1|#2|#3\rangle} \def\ppdiff#1#2{\frac{\partial #1}{\partial #2}} \def\odiff#1{\frac{d}{d #1}} \def\pdiff#1{\frac{\partial}{\partial #1}} \def\Bppdiff#1#2{\frac{\partial^{2}#1}{\partial #2^{2}}} \def\Bpdiff#1{\frac{\partial^{2}}{\partial #1^{2}}} \def\mb#1{\mathbf{#1}} \def\ds#1{\mbox{${\displaystyle\strut #1}$}} \def\mfrac#1#2{\frac{#1}{#2}} $
ただし はボーア磁子 (Bohr magneton) と呼ばれる量である:
また $g$ は g 因子と呼ばれ, この場合はほとんど$2$に等しい.
炉の中の原子の向きは乱雑であり, $\mb{\mu}$ が特定な方向を向くということはない.もし電子が自転している古典的な物体ならば, $\mu_z$ の値は $|\mb{\mu}|$ から $-|\mb{\mu}|$ までの全ての値をとるであろう.そのとき SG ( シュテルゲルラッハ) の装置から出て来るのは連続的な線束と期待される.ところが実験で観測されるのは原子線が二つの別々の成分に分かれるのである.この現象は量子論の初期に「空間の量子化」と呼ばれた.
その原因を考える.磁場と磁気モーメントの相互作用エネルギーは $U=-\mb{\mu}\cdot\mb{B}$ である.よって原子が受ける力は,
従って, 均一な磁場の下では原子に働くのはトルクだけであるが, もし「不均一な磁場」があるならば $\nabla \mb{B}\ne 0$ なので原子に力が働くことになるのである.図の配置では $\mu_z>0$ の原子 ($S_z<0$) では下向きの力を受け, $\mu_z<0$ の原子 ($S_z>0$) では上向きの力を受ける.そこで原子線は $\mu_z$ の値に応じて分裂することになる.つまり SG 装置は $\mb{\mu}$ の $z$-成分, すなわち比例成分のかかったスピン $\mb{S}$ の $z$-成分を測定することになる.』
そこで 図 1 のような片方が尖った形の磁石では, どのような「不均一な磁場」が出来るのか?と思い, 具体的にパソコンソフトで描いてみることにした.参考にしたのは, 次のサイトにある「有限要素法」のソフト一覧表である:
この中からFEMM と Poisson/Superfish を使って, それらしい図を描いてみたので示しておこう.
ただしこれらの図は, 説明動画を見てサンプルプログラムに描画点を追加するなど, ほんの少しの修正を施して描いただけのものである.ソフトの詳しい使い方が分かっていれば, パラメータなどをきちんと設定することでもっと適切な良い図が描けるであろう.しかしながら, 図 3 を見ると「磁石と空気との境界では, 静磁場 $\mb{B}$ すなわち磁力線は空気側で境界線にほぼ垂直に出入りする.その結果, 尖った磁極に近いほど強い磁場が形成される」ことが大体は分かると思う.その理由は, 例えば砂川:「理論電磁気学」の第6章の § 6 に書かれているので参照してほしい.